へらへら日記(インターネット版)  ’02年7月編


2002年7月のへらへら日記

(2002.7.1)  「北海道でのんびり」

 昨日に、仕事が二つともすんでしまったので、きょうはオフ。私の勘違いで、帰りのチケットは2日になってました。切り替えて帰ろうかと思ったんですが、浜頓別、旭川の距離は半端ではありません。帰るなら、早朝出ていなければなりません。で、のんびりすることに決めました。温泉に入って、朝ごはんをゆっくり戴き、庭の芝生でのんびり。お寺へ行き、片付けをし、お昼から、寄席の世話人が勧めてくれたので、クッチャロ湖でカヌーに乗りました。思ったより簡単に進みます。漕ぐのをやめて、プカプカと浮かぶカヌーに仰向けになり、真っ青な空と雲を眺めていると、なんとも言えずのんびりします。聞けばカヌーで川を下り、川沿いの温泉に泊まり、また川を下ると言うような事をやっているそうです。人生、のんびりと楽しく、遊びも大切にしながら生きている人もたくさんいるんですね。まあ私ら、遊びといえば、みんな遊びのようなもんですが。
 3時40分に加
藤住職に送って戴き、旭川へ向け出発。途中美深で昨日のお礼に伺い、美味しい生乳のソフトクリームを食べたりして、7時半ごろ旭川に着きました。ご住職は折り返し、また200キロほど帰って戴くことになります。つくづく「送り迎えの距離ではないなぁ」と思いました。北海道はひとも車もタフですわ。

新ちゃんカヌーに初めて乗るの図。初心者でもすーいすい。ストレスとれまっせ!

(2002.7.2)  「北海道でのんびり」

 旭川ワシントンホテルにて、快適な目覚め。ワシントンホテルは昔、高松で年に120泊ほどしたことがあります。以来あちこちで泊まっています。同じ仕様なのでリラックスできます。その代り旅に出たという感慨はありません。
 9:30のバスで空港へ。11:15の便で羽田に向かいました。機内で乗務員が私のそばにしゃがんで、顔を近づけ、話し掛けてきました。特別な感情を持たれたのかと思い、毅然とした態度で応じると、「羽田からお乗り継ぎですね」と言う。また、間に合わんのかと思ったら、今度は、「乗り換えの時間が、あんまり無い」とのこと。もうあわてないことにしました。羽田に着くと、扉の所に別の職員が待っていて、別の車に乗せてくれ、彼女の運転でデッキの裏口へ。10分差で間に合いました。2時10分に伊丹に着き、伊賀神戸へ向かいました。
 飛行機を一歩出て、「暑い!」。如何に北海道が快適かを実
感しました。松村先生のお世話で、大山田中学校の保護者に一席、明日は中学生にお話をします。駅に松村先生が来てくれていました。PTAの保護者100人ほど。心を込めてお話しました。終わって上野フレックスホテルへ。ビジネスホテルの研究はまだまだ続きます。


(2002.7.3)  「三重県 大山田中学校」

 久しぶりにホテルの洋朝食を食べました。ハムにたまご、マッシュポテトのフライ、バターと、和定食に較べてカロリーが高そう。と、隣りの席の会話が耳に入ってきます。「車をピカピカに磨いている人は事故が少ないらしいで。」そうかもしれない。「昨日亀山で殺された、不動産会社の女社長、お金を銀行に預けたりせんと、家に置いてたらしい。洗濯機の中に、何千万円も入れてた。」すごい話も聞こえてきます。
 8時に松村智広先生が迎えに来てくれました。松村先生は「明日元気になあれ」という本も出している、解放運動家であり、大山田中学の先生です。全国を人権講演で回っています。しかし、地元地区の解放同盟の役員も勤め、中学では「ヒューマンタイム」という教育実践もしっかりやっている、地に足の着いたほんまもんの先生です。広島の江嶋修作先生と共に、尊敬している先生の一人です。
 8:45から10:00まで必死で話しました。中
学生に話すのは、誠に難しい。それ以上にしんどいには高校生、その中でも特にしんどいのが男子高校。その上が、私の経験では「全日本仏教会・宗務総長・教学部長研修会」。深く考えずに引き受け、えらい目にあいました。前のほうの老僧は目を半眼にして、無念無想の境地。「笑いません」(修行やないねんから)。後方からは笑い声が聞こえてくるんですが、何ともやりにくかったのを覚えています。大山田中学の生徒は、さすがヒューマンタイムで鍛えられている生徒です。ほんまに聞き上手。お陰で楽しくやれました。
 終わって、校長先生(新治会会員)、松村先生と
三人で給食を戴きました。大きいイカの焼いたのに、キャベツ炒め、具だくさんのみそ汁、麦の入ったご飯、牛乳が一本。松村先生自前のひじきのふりかけも戴き、充分に満足。しかし、これで育ちざかりの生徒に充分なら、仕出しの弁当はカロリー、塩分の取りすぎだと思いました。
 大山田へはこれで11回目です。来年2月には人権シンポでお邪魔するし、3月には梅まつりでお世話になります。ますます縁が深くなりました。ヒューマンタイムはすばらしい取り組みです。このお陰で、去年転入してきた札付きの問題生徒(前の学校では殆んど登校していない)にも、学校が荒らされなかったばかりか、本人も進学できたのです。進路保障は教育の要。ここにも同和教育の力を感じました。願生れ、大山田中学、ヒューマンタイム。


(2002.7.4)  「国立演芸場を上方に」

 東京の最高裁横に国立演芸場があり、何度か出して戴きました。いい寄席で、常打ちが月に二十日、あとは様々な演芸会が開かれています。これを大阪にもというのが、師匠露の五郎の悲願です。中央省庁への陳情など、本当に関西の演芸界を引っ張って努力を重ねてきました。お陰で、様子を見ようと、前段階の寄席をするところまで漕ぎ着けました。7月3日から7日まで、大阪の国立文楽劇場で行なわれている寄席がそれです。
 きょうが二日目。師匠がトリです。番組は各演芸団体からそれぞれ精鋭が出演、木戸銭2000円は破格の安さです。ちな
みに本日の番組は、落語「動物園」・笑福亭鶴二、南京玉すだれ、落語「替わり目」・仁嬌、漫才・横山たかしひろし、暁照夫・光夫、はな寛太・寛大、浪曲・京山幸若、後ろ面・小松まこと、落語「夢八」・露の五郎です。
 お客さんは満員、上々の滑り出しです。あと三日、何とか大入りにして戴き、上方国立演芸場実現への足掛かりにさせて戴きたいと思います。開演は1時。どうぞよろしくお願い致します。今日はその付き人を務め、夜は大阪市港区の池島小学校でお笑い人権高座。今日もバタバタした一日です。


(2002.7.5)  「染丸師匠に出稽古」

 久しぶりに仕事は休み。朝から用事を、大車輪で片付けました。フリーで、なんやかんやで26年。自分で仕事を受けて、連絡をし、スケジュールを決め、アクセス、切符の手配。時には自分の行けない仕事の人捜しまで。そして予算を聞いて、メンバーを組み、ギャラを振り分け、預かっている写真を送る。まるでプロダクションです。こんなことが落語より達者になりました。これからは、もうそこそこにしておこうと思ってます
 お昼に家を出て、林家染丸師匠のお宅へ稽古に伺いました。ネタは「稽古屋」。前回、丸々一席やって戴き、今日はとりあえずしゃべってみる段取りです。行くと染丸師匠は、三味線も用意して待ってくれてはりました。「稽古屋」ははめものが入り、それにあわせて口三味線を入れたり、踊りの稽古風景を描いたり、考えてみるとかなり難しいネタです。そこの部分の稽古のための三味線です。稽古の結果は、自分でも不思議なくらい形になっていませんでした。反省して出直しです。8月22日の「3×5=15の会」でやるつもりなので、それまでに何とかするつもりです。その日は「舟弁慶」もおろさねばならず、大丈夫かいなと思いますが、今までさぼった報いですから、願生るしかありません。
 
終わって色々話して戴き、ありがたい時間でした。初めての出稽古は順調とは言えませんが、いい勉強をさせて戴いて、充実しています。
 帰りに日本橋で下車。黒門市場の屋台のようなカレー屋に入ったら、これがおいしかった。見ると、テレビなどで何度も取り上げられている模様です。なんか得した気分。値下げしてくれたお造りと、水茄子のおつけもの、それに枝雀師匠の「つる」のCDを買って帰りました。今、「つる」に興味があり、どんなやりかたをされているのか興味があったからです。
 帰って聞くのが楽しみで、わくわくしながら帰り、こんな気分
に久しくなってなかった事に気づきました。落語に心が向いてきているのを感じつつあります。こんな事ではいけないんですが、ようやく「やっぱり落語って、面白いなぁ」と感じてきました。落語が好きで好きで仕方が無かった筈なのに、じわじわ落語から心が離れていました。そして、「落語はもはや古い」と判りもせんと決め付けていました。「つる」や「蔵丁稚」を稽古する中で、自分の中で変わってきたものがあります。それを大事にしながら、いい咄家といわれるように願生るつもりです。「落語って、ほんまに面白いもんですわ。」


(2002.7.6)  「米子」

 8:30のバスで米子へ。高速バスは、安いし、ゆれないし、乗り換えもなく、時間が自分のものになります。いい事ずくめなので、絶対バス。車中、「稽古屋」のネタを繰ったり、考えたり・・・。米子駅前についたら、江府支部の村上さんが迎えてくれました。今日の講演会の紹介者で、美保グループの一員です。美保グループは、山陰一の大きな建設関連グループで、今日は400人ほどの人が参加。出勤扱いだから、これだけの人の日当は1000万円を超えるでしょう。そのうちの2時間を受け持つのですから、責任重大です。心を込めてお話をしました。
 4時過ぎに終り、村上さんと江府へ。米子屋旅館に着いた時は、へとへとになっていました。食事を戴き(山菜と栗のおこわが名物、鮎もおいしかった)、横になったら寝てしまい、7時前に若女将の電話で起こされました。村上さんが迎えにきてくれていました。しばらく動けません。昔に較べて、体力が落ちたなぁと思います。
 7時半から本町五丁
目会館で「お笑い人権高座」です。今までお笑いは何度もやったので、今回は「加差別・被差別」、「狭山差別事件」など、固い内容で話しました。それが良かったか悪かったのか、結果はわかりませんが、狭山はぜひ話したかったんです。
 終わって、下の部屋で軽く交流会。お茶で参
加しました。思えば江府の新治会は、この部屋から始まりました。つくづくありがたいご縁だと思います。私にとって大切な土地となりました。大事にさせて戴きたいと思っています


(2002.7.6)  「人気考」 

 ある方から、「これだけ講演活動をしているのに、いまいち知名度が上がらないのは、政治的な力がかかっているのでは」とご心配戴きました。選挙権をもつ前からの社会党ファンで、部落解放運動、日中友好運動、夜間中学設立運動、ハンセン病問題、と関心をもち続けてきた私の立場ははっきりしています。けど、無名なのは、そんなことが理由ではありません。ひとえにタレントとしての、力不足です。落語家としての力量ももちろん不足していますが、それはあってもなくてもあまり関係ありません。以下、ささやかな私のタレント活動からの人気考です。
 何ぼやっても、名前が売れないのは、まだまだやり足りないからです。というより、我々の動きでは、永久に有名になることはありません。それほど世間は広く、そして忘れやすいのです。サンテレビに毎週出て、CMも2本、ラジオ関西で同時に3本。その頃はラジオ大阪でCM2本、スポット番組1本、それに毎日放送テレビで隔週で30分のテレビ番組。それでも全く無名でした。今もそれくらいうごいているタレントはたくさんいますが、みな無名です。ちょっとやそっとで名前は売れません。自民党筋は私なんか、相手にしていません、というより知りません。無視されるには、まず認識されなければならないのです。
 一度だけ、売れるかなと期待したことがあります。毎日放送で「パフパフギャル」という番組をした時です。月〜金で「金妻」のあとの4分間。ステーションブレイクと言いますが、それに出ていた時は「金妻」の高視聴率のお陰で、おそらく西日本で100万単位の人がみてくれたんでしょう。学校へ行く小学生が「ここのおっちゃんや」と言いながら、うちの前を通りました。売れるというのは、そういう数字の世界です。年間350回講演したとして、1回300人で100000人程。世の中、1年間でもっと多くの人が生き、死に、入れ替わっています。つまり認知されるためには、一時にテレビに、それも注目される頻度ででまくるしかないのです。売れている人は出続けるために死ぬほど努力しています。残念ながら、私には、その可能性も、力もありません。
 以前香川、高松で売れました。これは、テレビのワイドショー、ラジオのディスクジョッキー、それにCMに出まくり、局のイベントや、特別番組、テレビショッピング。それこそ、「またか」と言われるほど出て、6年目頃、急に、あちこちで「新ちゃん、新ちゃん」と言われるようになりました。ある日突然という感じでした。丁度、コップの水があふれるようなもんで、それまでは全く感じませんでした。しかし、それも出なくなったら、日々薄れると言う、自転車操業です。まことに、世間というのは残酷なもんです。去るもの日々にうとしです。特にテレビには皆、つぶされて行きます。
 大橋巨泉も
「もっと人気がある」と思っていたのでしょう。当然です。テレビを作ってきた人ですから。けど出なくなったら、日々忘れられて行くのです。よほどのことがなければ、あれで終りです。私のように、メディアと無縁になったのなら、それをいたずらに追いかけるのではなく(現実には追いかける手立ても無い)、自分の納得できる仕事に精力を注いだ方が楽しいし、やりがいも生まれるというもの。残り時間の限られた人生なら自分をもっと大切にしようとおもった次第です。芸人として本物の力がついたら、必要なだけの人気は付いてくると確信しています。
 昨日は、米子から帰って、国立文楽劇場で、演芸特撰会の手伝い。今日は富雄南中学(奈良市)で講演。そのあと、染丸師匠の所で「稽古屋」のお稽古。3回目にして、何とか「まあええでしょう」と言って戴く。得る所の多い稽古。さあこれから、18日の「3×5=15の会」の「大丸屋」、「鉄砲勇助」、それに直方(のおがた)の「七段目」、「鹿政談」、「つる」。追われながらも迷いなし、充実した日々が続いています。


(2002.7.9)  「幽霊まつり」

 幽霊まつり。これは怪談咄を得意とする、露の五郎一門独特の行事です。怪談咄に使う小道具や幽霊の掛け軸を飾り、一門で般若心経をお唱えします。今期も怪談咄が上手くゆくように願う訳です。他の噺と違い、怪談は人手がたくさん要ります。がんどう、後見、鳴り物、三味線、それにもう一人。チームでの共同作業ですから、みんなの気持ちが一つにならねば成功しません。失敗もあります。それでお祀りするのです。
 何故か幽霊は鯖が好物らしく、鯖をお供えします。
終わると、皆で「かめちゃぶ」を戴きます。これは「天かすとタマネギの卵とじ丼」で、食べるものにも苦労した先人の功績を忘れず、謙虚に修行に励むためのものです。けどこれが実に美味しいのです。こんな美味しいものなら、毎日でも戴きたいくらいです。
 ところが今日は、この「かめちゃぶ」をそこそこにして、スペシャルメニュー
を戴くことになりました。淡路島から取り寄せた、鱧(はも)の鍋です。出汁にたまねぎの甘味が出て、そこへきれいに骨切りされた鱧をいれると、見る間にまるくそりかえります。それを出汁で戴くんですが、淡白な中にしっかりとしたうまみがあり、口の中一杯に豊かな味わいが広がります。また鱧の部位によって味が違い、存分に楽しみました。もちろんお酒も話も弾みます。鈴本のトリ(主任・上方勢では、露の五郎、桂枝雀についで三人目!)を無事勤めた団四郎さんはじめ、久しぶりに一門全員が揃いました。
 私は2時過ぎに、後ろ髪引かれる(実感はないが)思いで師匠宅をあとにしました。奈良の榛原で「宇陀郡教職員組合の有事法制反対の学習会に出席するためです。5時から、30人ほどの先生に60分お話しました。何が何でも、この悪法だけは許したらあかんという思いで一所懸命に話ました。教育現場は締め付けがますます強くなってきています。心ある先生方に、日の丸・君が代反対、同和教育の実践など、何とか願生ってほしいという思いでお話しました。反応もよく、有事法制反対は着実に広がっているなと感じる、いい集会でした。同時に行われた反核・平和の火のリレー。やり続けることが大切と、みんなで確認しました。


(2002.7.9)  「台風の影響なし」

 今日から高知三日間。台風がもし直撃したら仕事が流れます。例え行けても、気分が講演会どころではありません。以前、檮原町(ゆすはら・桂三象さんのふるさと)でお世話になった高橋容子校長先生のお世話で、須崎市へ行く予定。昨夜のニュースでは、多分流れそうな様子でした。無理してやるのは好きではありません。仕事が流れて暇ができたら、それはそれでいいと思っていました。やることはなんぼでもあります。
 と、朝、予定どおりと連絡が入りました。それはまたありがたい。やることがあると、どちらもありがたい。ほんまに最近迷いが
ありません。いらいらせんとやらせてもろてます。台風の影響は全くありませんでした。
 おまけに台風のお陰で得までしました。実は、当初明日からの予定だったんですが、後から今日の依頼がありました。それで飛行機の「超割りチケット」を買っていたのを変更しました。「超割り」は変更がきかず、半分キャンセル料をとられます。なのにカウンターの方は「このままお乗り戴けます」。なんだかよく分かりませんが、折角そう言ってくれるのに、いらんことを言う必要もないので黙っていました。
 考えたら、先日の北海道も稚内まで変更したのに、料金はそのまま。最近何となくついてるような気がします。自分でも迷いがありません。結局、予定通り高知着、駅前の高知ホテル(駅へ最短距離、惜しむらくは飲み屋が周りに少ない、でも今の私には無関係)へチエックイン。須崎に向かいました。


(2002.7.11 昼)  「冷房の効用」

 昨日の高知県須崎市立・朝ケ丘中学校区の講演会は、150人程。体育館ではなく、冷房のきく視聴覚室でした。いまごろの体育館は蒸し風呂地獄、私の力では、とても太刀打ちできません。先日の大阪市・港中学での講演は、お客さんが気の毒なほどでした。こっちは仕事ですから、汗をかいてやればいいんですが、やはり「受け」がちがいます。主催者のご配慮に感謝し、90分熱く、語りました。よくのって戴いたと思います。
 人権の話は、お客さんののりが特に大切だと思います。差別があかんことは、私如きが偉そうに言うまでもなく、皆さんよくご存知です。ならば、人権啓発講演会は、知識や情報を得る学習会であると同時に、反差別への思いを共有する結集軸です。多いに盛り上がり、肯き、心が一つにならねばなりません。それに「笑い」が有効であるなら、お笑い芸人としては誠にありがたい仕事と思え、精一杯努めさせて戴こうと思う訳です。そのための、椅子の並べ方にいたるまでの会場作り、空調、照明、音響へのこだわりなのです。
 役所の職員の対応も、「さすが本気やな」と思うものから、俗に言う
「お役所仕事」までいろいろあります。予算消化のやっつけ仕事まるだしで、あとの懇親会という名の、「ただ酒の飲み会」が楽しみというふざけたものまでたくさんあります。それも仕事と割り切っていくほど、お蔭さんで暇ではありません。限られた人生、自分の時間です。もっと楽しいことに使いたい。予算はなくても人権を本気で考えている人達、手作りで人権集会、イベントをやっている人達の思いに触れたいのです。ぜいたくです。お金が儲からないぜいたくです。けどそっちを取ろうと決めました。お金がなければ、使わなければいいのです。私、ほんまに、いい服を着たいとも、ぜいたくをしたいとも思わなくなりました。貧乏症といいますか、芸人らしくないのですが、無理せんと生きていこうと思います。人権を考え、語らせて戴く中で、だんだん腰も据わってきました。

 今日も、今東洋町へ着きました。高知県の一番東、甲浦のある所で、すぐ向うは徳島です。高知から車できました。途中の海の美しさ。思わず、降りて写真を撮りました。ホワイトビーチホテル(リゾートホテル・すばらしい)に入りました。今夜も与えて戴いた場を大切に、思い切り願生ります。

高知県安田町の浜  太平洋の絶景

(2002.7.11 夜)  「県境を越えて、人権の輪」

 東洋町の人権講演会は成功したと思います。高知県人権啓発センター主催の出前高座でしたが、ぜひ東洋町でやりたいというセンター側の意気込みが、地元に伝わり、町長、教育長はじめ、担当職員もやる気充分。それが参加者にも伝わり、多いに盛り上がりました。隣町の徳島県宍喰町からも、25人ほどが、県境を越えて参加。改めて、行政区の区割りが、地図にひいた線だと思いました。明日は室戸へ行き、中学生300人をメインにお話します。


(2002.7.12)  「子どもはむつかしいけど可愛い」

 ホワイトビーチホテルは豪華なツィンのスィートルーム。町のお客さんということで、特別の扱いです。もったいない。でもカセットがあったのはありがたかったです。広い部屋で稽古ができました。早朝、東洋町白浜の海岸を歩いてみました。風が清々しく、気力が湧き上がってきます。水平線に向かい、有事法制粉砕、落語上達を願います。平和でなければ、落語などやってられません。
 10時に、室戸市の方が迎えに来られました。高知県人権啓発センターの方とは、ここでお別れです。駅伝のタスキの気持ちがよくわかります。人権センターの方には、一昨日に大きな集会、二日続けてのイベントに台風が重なり、本当にお疲れさまでした。単なる仕事と割り切
割り切ってはやれないハードさがあります。人権はこんな人達に支えられているんです。タスキの私を受け取った室戸市の方も本気の人達です。
 車中、話が室戸出身の大関朝潮に及びます。両親は非常にきさくな方と伺い、訪問することになりました。いきなり尋ねた私たちを、お母さんは南国の太陽のような、実におおらかな笑顔で迎えて下さいました。お父さんはホエールウオッチングの仕事をされているとのこと。縁側にあがりこみポカリを戴きました。ざっくばらんなお人柄は、人を飽きさせません。思わず腰を落ち着けてしまいました。

元大関関、朝潮関のお母さん

 お昼は地元の人で賑わう食堂。こういう所がほんまに美味しいんです。鰹のたたきに刺身と、土佐の海の幸を堪能しました。
 会場は中学生300人と大人が60人ほど。子どもは自分の意志で来ていません。特に男子の座る姿勢が悪かった。「人生は椅子の座り方一つで変わる。テストの点が10点はあがる」とええかげんなことを言うと、殆どの子の背中が伸びました。子どもは可愛いです。その時、一人姿勢の悪い子がいたので「そこのメガネ!」と怒ってしまいました。これは反省。メガネは自己責任ではありません。話の途中で謝りました。恥ずかしいけど、仕方がありません。怒ったり、謝ったり、子ども相手は本当に疲れます。けど子どもはやっぱり可愛い。だから楽しい。
 間で休憩をとりました。そ
の際、「10分後にきちんと集まって下さい」とお願いしたら、見事に集まってくれました。ところが三人だけ遅れて入ってきた。一人なら怒りません。けどこういう場合、必ずグループです。事情も聞かずに怒鳴ってしまいました。以前、これみよがしに堂々と入ってきた連中に「出ていけ!」と言ったことがあります。彼らは目立ちたいだけ。そんなデモンストレーションを許す必要はありません。そのかわりこっちも誠心誠意、きちんと向き合います。なかなかうまく行きませんが、子どもに話す時は、素で一所懸命やるしかないと思います。
 終わって、室戸岬の展望台へ。これだけの水平線は見た事がありません。地球が丸いことが何となくわかります。何度でも来たいところです。次に案内されたのは、室戸市が力を入れている海洋深層水の展示施設、アクアファーム。ミネラルが豊富で体にいいそうです。シューウエムラがこれで化粧水を作り、大ヒットしたらしい。工場見学をして2本戴きました。アクセスの景品にと思いましたが娘に取られてしまいました。
 19:00の飛行機で伊丹へ。上がったと思たら、いきなり最終着陸態勢に入る手際のよさ。やりがいのある高知三日間でした。


(2002.7.13)  「滋賀、京都、神戸」

 早朝家を出て、滋賀県は虎姫町へ。虎姫町文化ホールで、東浅井郡保育所保護者連協の研修会です。小谷保育園の丁野先生(西本願寺、ないおん編集者)のお世話で伺いました。講演は、会場の冷房がこわれたため、急遽場所を移動して和室になりました。こちらが空いていてよかったです。役員の方は大変ですもちろん、こちらも精一杯話しました。よく笑って戴き、多いに盛り上がりました。
 その文化ホール入り口で、桂小枝さんのポスターを発見しました。世話人がいたり、組織があっての独演会ではなく、純粋な興行です。手売でなく、人気で切符がうれなければできないこと。「ここまできたんやなあ」と嬉しくなりました。

やりました。メジャーの証明。ここまできた小枝さんに拍手。ひとごとのように嬉しい。

 終わって京都へ帰り、長崎県同協の荒木先生一家(娘、息子さん)と再会。二人のお子さんは、大阪で大学生活を送っています。今日は、被差別がになった文化、竜安寺の石庭を見学、その後時間があるというので会った次第です。お父さんに付き合う親孝行な娘、息子さん。みんなで楽しく食事しました。
 その後、神戸、六甲道へ。憲法を護る会・灘主催の、有事法制反対の集会に勇んで向かいました。人数は少なかったですが、だからこそ尊い気持ちの集まりです。国鉄民営化以来、中曽根の願う「戦後政治の総決算」、そのお先棒を担いだ売国民・村山内閣、護憲勢力の弱体化をなめてかかる小泉自民党。ほんまに腹立たしい。その思いをぶつけていたら、お客は少し、ひきぎみになってしまいました。やっぱり、お笑いはお笑いに徹したらいいと反省しました。ただ、頷きながら真顔で聞いてくれる人達に答えねばと思ったのも事実です。あれでよかったとも思います。いずれにしても、大切なのは「有事法制阻止」。よしんば今国会で見送られたとしても、秋の国会で持ち込まれるのは必至です。今年2002年は、憲法の正念場です。いのちとくらしの礎、平和の最大の危機。しらふで生き抜こうと思っています。


(2002.7.14)  「直方(のおがた)独演会」

 主催は「ビータージョーカー團」。第3回目となる今回は、「直方ユメ二ティホール」での開催です。開場と同時にお客さんが詰めかけ、170人の入り。チケットは200出ていたようで、ほぼ満員です。人権講演会とちがって、最前列からぴっちり埋まっているのでやりやすい。お客さんの「聞こうとする気持ち」が感じられます。
 番組は、「桃太郎」・好朝、「野ざらし」・新治、「替わり目」・こけ枝、「鹿政談」・新治、お中入りのあと、「七段目」・新治、最後はこけ枝と新治の「大喜利」。お囃子は「九州寄席囃子の会」の、小きぬ、直角、酔書さん。聞き上手のお客さんでよく笑って戴きましたが、「野ざらし」が不本意です。最近落語に精進していますが、思いが強くて力が伴わないため、高座で迷ってしまいます。気持ちはあるんですが体が付いて来ない状態? そのため、何も考えないでやっていたころより緊張もするし、もたつくことが多くなりました。怖さ、難しさがわかってきたのかなと思います。ただ高座に上がるのは、むしょうに楽しいです。
 終わって、第一回目の会場、ワインハウス・レンピッカにて打ち上げ。スタッフ約20人、しゃれたお料理とワインに深夜まで酔いました。お開きは12時。私はウーロン茶三杯。それでも楽しく過ごせるようになりました。
 さあ、次は「3×5=15の会」です。「大丸屋騒動」、ね
たおろしの「鉄砲勇助」、そして、「野ざらし」のリベンジ。考えたら大変ですが、あと4日、楽しく願生るぞ。

 第3回露の新治独演会のリンクはこちらをクリックしてください。ページが開いたら、パスワードを「shinji」と入力してください。(このリンク先は、ビータージョーカー團のHPです。MORI)


(2002.7.16)  「福岡県朝倉町、三連水車

 朝9時熊本着。池田先生(熊本支部長)が来てくれてました。一緒に熊本日日新聞へ行き、独演会の宣伝をしました。一回目は100人、そして去年は200人でした。三回目の今年の目標は300人。それでもキャパは500人。皆楽しんで取り組んでいただいています。新治会はこうでなければいけません。楽しくやれる範囲でやればいい訳で、無理をすることはないんです。形をつけようとするから無理が生じ、やる気がなくなり、ぼやきが出ます。熊本支部はマイペースで楽しくやってもらっています。私もほんまに楽しく、ありがたい気持ちです。
 朝倉町まで池田先生一家と一緒でした。朝倉町では、お世話になった相良さん(真宗大谷派、長崎、相善寺)の娘さん、美香さんが迎えてくれました。こちらにご縁があり、結婚して住んでおられます。お母さんも長崎から来てくれていました。それに福岡の会員で、子育てボランティアの活動をしている星野さんも見えて、朝倉町で新治会の交流ができました。
 美香さんと、お連れ合いのお母さんのご好意で、りっぱな料亭にご招待戴きました。お豆腐、おそば、の入った、豪華な会席膳。こんなご馳走を戴いたらパワーもでます。19:30からの「同和問題講演会」は400人の大入りで満員でした。こちらも全開でこたえます。お陰で15分ほどオーバーしてしまいました。お客さんは大変だったと思いますが、本人はすこぶる元気。
 終
わってバスで星野さんと博多へ、天神で分かれて、キャナルシティのワシントンホテルに向かいました。実は偶然ですが、以前お話に伺った富国生命高松支社の人達が博多へ来ていると、直前に連絡が入り、会うことになったのです。ロビーには、副支社長や、新治会会員の古川さんら数人が待っていてくれて、再会を喜びあいました。こんな偶然、誠に縁としか言いようがありません。みんなで軽く飲み(私は禁酒)、多いに盛り上がりました。

よお考えてあります。見てて飽きがきませんね。
三連水車の前で、相良さん、池田さん
いいご縁を戴きました。富国生命の皆さんと。

(2002.7.19)  「3×5=15の会

 第3回 3×5=15の会については、こちらをご覧ください。(MORI)


(2002.7.19 朝)  「島之内寄席

 今日は、久しぶりの「島之内寄席」です。染弥、小染、鶴瓶ときて、お中入り、そのあと新治、米輔です。「宇治の柴船」ですが、どうなりますか。うちの娘は鶴瓶兄の色紙がほしいとだけいっております。 

(2002.7.19 夜)  「鶴瓶師匠と

 上方落語協会主催の島之内寄席、今席のテーマは「親の苦労、子の苦労」。親子をテーマにした落語が並びました。
 番組は、「三人旅」・智之助、「二十四孝」・染弥、「親子酒」・小染、「子はかすがい」・鶴瓶、(お中入り)、「宇治の柴舟」・新治、「佐々木裁き」・米輔。113人の入りで大入りでした。
 昨日の「3×5=15の会」に比べ、かなりリラックスしてやれました。二日続きの寄席で、気持ちが落語モードになっています。いいお客さんで、よく笑って戴きました。新ちゃんモードの「宇治柴」になっていたと思います。
 小染さん、親子酒から楽屋にいましたが、よくうけて
いました。鶴瓶師匠の「子はかすがい」は、テレビでの顔とはまた違った一面。ペーソスがあって、聞き入ってしまいました。奈良北和支部の飛鳥紫園師匠、一葉会の皆さん、歌手のインディさん(10月10日ワッハ上方独演会のゲスト)も来て戴きました。
 
皆さん、鶴瓶師の落語を聞いて、大満足でした。テレビであれだけ売れていても、落語ときちんと向き合っている、鶴瓶師はえらい!私があれだけ忙しくなったら、恐らく落語を忘れてしまうだろうと思います。うちの父が亡くなった時もお花をいただきました。心遣いもこまやかな、上方落語界のお宝のような人です。

(2002.7.19 夜)  「島之内寄席、追加

 島の内寄席が終わった頃、楽屋へ鶴瓶さんからTEL。「食事をしているから来れる人はみんな来て」というそのお店は、「エッ!」というほどの一流のおすし屋。皆の顔に喜びと驚きの表情。私はお寺さんの福本さんと食事の約束がしてあり行けません。昨日の「3×5=15の会」の話もしたいので、二人で「ミュンヘン」へ行きました。小染さんが気をつかって、ビールの半額券をくれました。これが頼みの綱だから情けない。一流寿司屋とえらいちがいです。福本さんにその話をすると、「新治さんが行かへんのやったら私行きましょか」と言われました。何だかよくわかりません。落語好きはだんだんこうなります。
 「
ミュンヘン」でもウーロン茶で付き合いました。福本さんは、ビール腹にビールをどんどん流し込みます。実は福本さんは、私の落語を聞いて落語が好きになったという珍しい人です。私が落語に気持ちが入らなかった頃、銅さんと二人で落語の楽しさを教えてくれたありがたい方です。お陰でまた、落語に心が向いてきたんです。その素直な落語観は、誠に参考になります。とにかくよく笑ってくれます。ありがたいひとときでした。
 それにしても鶴瓶師匠はさすがです。やはり売れてる人はちがうなあと思いました。のれんをくぐるのに決心がいる一流の寿司屋ですよ。そこへ「来れる人はみんな来なさい」、これは言えませんよ。我々、「酔虎伝」でも割勘ですよ。それなのに鶴瓶師匠の場合は、寿司屋といっても回らない寿司屋ですよ。「時価がずらーっ」ですよ(行きたかったんかい)。稼いでいるからといってできることやありません。噺家と寄席がほんとに好きなんですね。ほんまにりっぱな人です。私思わずサインを貰ってしまいました。一枚だけおわけできます。下のリンクから応募してください。

(MORI註:「酔虎伝」は、居酒屋のチェーン店)

鶴瓶師匠のサイン応募はこちらからどうぞ


(2002.7.20)  「京都府夜久野町

 朝起きたら、何とも肩が軽く感じました。やっぱり「3×5=15の会」で緊張していたことが解りました。体の根元に心があるんですね。温泉より何より、「やらなあかん事をやりきる」のが、ストレス解消には一番やと思います。
 今日は、京都府夜久野町。13:30から100分、心を込めてお話しました。私に求められているのは「笑い」だとよく分かったので、お笑いに徹しました。いい笑顔をたくさん戴きました。途中マイクの調子が悪く、何回もハウリングを起こしました。これは聴覚障害者の人の補聴器のせいです。係りの方も一所懸命に操作していただきました。多くの人のお世話で講演会が形になっています。その上で私の場が作られています。思えばありがたいことです。精一杯努めないとバチが当たります。
 終わって綾部まで送ってもらい、奈良まで帰宅。この何日か家を出ていたので用事がたまっています。明日、舞鶴へ行くことを思うと、福知山へ泊まるのがロスがないのですが、用事を片付けることがストレス解消と思い、帰りました。それとこの頃、旅が何日か続くとしんどいのです。その時は元気なんですが、やはり家に帰るとグッタリ疲れているのを感じます。それと、疲れが翌々日ぐらいに出たりします。年は確実にとっています。だからこそ今、この一日を大事にせなあかんと思います。


(2002.7.21)  「京都府舞鶴市

 今日は京都府舞鶴市。鳥居文子市議後援会の、研修を兼ねた寄席です。番組は、「人権高座」・新治、「新作落語」・桂三扇、対談「母、妻、仕事、男性優位の世界に飛び込んで」・鳥居文子と桂三扇、お中入りのあと、「落語」・新治、「玉すだれ」・三扇。
 冷房の効きにくい会場だったんですが、皆さん熱心に聞いて戴き、多いに盛り上がりました。特に、男性優位の世界に飛び込んだお二人の話は、いろんな問題(女性が仕事を持つ時の夫の意識、子供、子育てに対する父親と母親の意識の違い、セクハラなど)が浮き彫りになり、続きを聞きたいほど。男女共同参画社会が模索されている今、誠にタイムリーな企画です(と思うのは、発案の私だけではないだろうと思いたい)。
 鳥居さんのお連れ合いも、汗づくでお手伝い。いいご夫婦ですわ。男女共同参画を地でいってはります。願生ってくださいやぁ。それにしても暑かった。参加者の皆様、本当にご苦労様でした。鳥居さんはいい方々に支えられてはります。心やさしいお客さんに熱心に聞いて戴き本当にありがとうございました。


(2002.7.26)  「近況報告

 私の禁酒はまだ続いています。おかげさんで快調です。昨日は博多、今日は立花町にきています。ホテルに入って、空いてる時間は落語の稽古。ほんまに、「3×5=15の会」から、心持ちが変わました。その成果はなかなか出ませんが、徐々に形になってくると確信しています。期待して下さい。(秘)
 
へらへら日記が止まっています。今晩からまた書きます。ここの所少しゆったりしたペースで動いています。今日は夜講演、明日は移動だけ、明後日は朝から講演、昼には終わって、翌日の夜まで時間があるという按配です。これぐらいが丁度いいですね。30から50までの20年間、ほんまによお動きました。夏場なんか終わってみれば、「よおこなせた」といつも思っていました。本当に、ありがたいことです。


(2002.7.27)  「福岡から鹿児島へ

  昨日(26日)は立花町で、お笑い人権高座(三回目)でした。自分でも納得のできでした。盛り上がりもあり、緊張感も持続、なんとも肩の力を抜かせて戴き、「話べた 笑い上手に おだてられ」を実感しました。
 終わって、職員数人で懇親会。広川町の旧
知の人もかけつけてくれました。八女郡のここらあたりの町は、10年ほど前にくまなく回らせて貰いました。最後に、合同の打ち上げをしたことは忘れられません。今回も単なる呑み会ではなく、真面目な話を聞かせて貰いました。担当職員の方の、「もっと早く同和対策の仕事につきたかった」の一言は実感だと思います。同和教育、同和対策に関わる中で、自己を見つめ、変革を迫られる。自分の生活、仕事、生き方が変わってゆく実感を、自分のものにしておられます。私自身が、不十分ながら実感したことです。同和問題は自己変革を迫る問題です。だからこそ自分の問題になるのです。ウーロン茶でも充分楽しい懇親会でした。

 今日は鹿児島へ入るだけののんびりしたスケジュールですが、台風が来そうだったので、早めに鹿児島へ来ました。城山観光ホテルで、浄土真宗本願寺派(お西)の九州地区保育研修大会の初日が開かれています。私は二日目(明日)の朝、お話をさせて戴きます。初日のシンポジウムの会場にはいりました。真面目な議論がされています。
 保育の現場から聞こえてくるのは、子供の成長にはマイナスのことばかり。それは結局、家庭生活が壊れてきているということです。「子供の味覚の発達が保障されていない。子供はあまみ、からみ、うまみはきちんと認識する。にがみ、酸味に弱い」「日曜保育は親の手抜きか」「夜更かし、朝ごはん抜きなど生活の乱れ」「食品添加物の問題」などなど、話は社会全体の問題に広がりました。私、途中で出て「ネタ繰り」しようと思っていましたが、最後まで聞いてしまいました。多くの問題点はよくわかります。じゃあどうすればいいのか。

立命館大のT先生) 子供は親の影の中で生きている。今まで出たのは、親への批判。その親の話を聞くと、批判しているだけではいけない。親擁護論にたちたい。子供の問題行動、親の問題も、家族の崩壊をなんとか食い止めようという場合が多い。健全な家族とは、?家族の司令塔がいる、?司令塔はお母さんが果たす、?その母親がハッピーでなければならない。誰かの犠牲によって家庭が成り立っているとしたら、それは不健全。個人を見るのではなく、家族の中で考えねばならない。
(質問)  母親が仕事を持つのはどうか?
(T先生) 母性神話(三歳までは母親がそだてるべきだというような母親責論は間違いだ、という考え方)に否定的。母親の役割はある。子育ては親の仕事。保育士はその手伝い。親を批判するのではなく、安心を与えて欲しい。
(R先生)命をみつめること。お寺の保育園の役割。保護者と共に涙をながす。保育に関わっていることを喜ぶ。そんな心で日々仕事と向きあっているか。 

 「ん?!」と思う話もありましたが、質問もしませんでした。質疑の時間もありませんでしたが、あっても手をあげなかったと思います。ただ納得のいく答えもありませんでした。それだけ「保育」に現れている問題も難しいものがあるんだと思います。ただ保育士の心がけの問題でもないと思いました。

 夕食は地元唯一の会員、カルチャーコネクション代表の山野さんにごちそうして戴きました。過去三度、魁星(ふりーすぺーす)で寄席を主催して戴いています。しばらくごぶさたしていますが、いずれ再開したいと願っています。浜頓別が私の落語の最北端なら、鹿児島は最南端です。城山観光ホテルの部屋は超豪華なツインルームで、応接セットにすごいバスルーム。もったいないほどの部屋でコンビニの水呑んでる情けなさ。熊本独演会がいよいよ近づいてきました。「つる」やりまっせ。

見よ、この立派な、分不相応な部屋。画面に映ってませんが、他にも豪華テレビ、豪華浴室、豪華トイレ、豪華洗面所。水は昨日立花町でのもらい物(セコイ!)。思えば、先月の高知東洋町もスイートでした。ふだん、SンルートやWシントン、Tサンホテルばかり泊まっている身としては、豪華すぎて落ち着きません。これ、ホテル代としてお金でもろたら、絶対ビジネスに泊まってお金を浮かすところです。田中真紀子の秘書給与疑惑を笑えません。


(2002.7.28)  「鹿児島から熊本へ

 鹿児島は城山観光ホテルにて、豪華な部屋で快適な目覚め。9:30から講演(お話)です。聞き上手の保育士、調理職員800人のお陰で、絶好調でした。禁酒、精進のお陰でしょうか。自分の子育ての反省から自分の子供時代の話、そして差別意識を取り込んだ弱い心根など、ぶっちゃけた所を話しました。よく聞いて戴きました。自分なりに責任を果たしたという気がして、ホッとしています。鹿児島で泊まろうかと思いましたが、明日のことを考えて熊本へ移動することにしました。池田先生(新治会熊本支部の支部長)に連絡して、キャッスルホテルを取って貰いました。今日から四日間泊まることになります。
 熊本駅には池田先生が来てくれていて、「お風呂へいきましょう」と笑顔で言われました。お気持ちありがたく戴きました。途中、坂本さん(熱いハートの新治会会員)と合流して、三人で菊陽町の温泉へ行きました。町外で500円、町内400円というありがたさ。蒸し風呂でしぼり、薬湯でしぼって、なんと59.4キロ。それに、電気風呂で温めたら、五十肩の痛みがとれて、回るようになりました。夏こそお風呂でじっくり温まらないといけません。最近気づいて、毎日汗が出るほどぬくもっています。お陰で体調がすこぶるよろしい。
 先生の行きつけ、親愛学園前のおすし屋さんで食事。車をトタン屋根のケーキ屋、「アラモート」の駐車場へ入れました。新本さんとも再会。7月29日午後10時より、NHK−BS(衛星放送)で、新本さんを主役にした特別番組が放送されるとのことです。(残念ながらこのHPをごらんの皆様には、間一髪のところで間に合いませんでした。)
 明日は、「つる」、「七段目」と他もう一席、「狼講釈」か「兵庫船」と思っています。


(2002.7.29)  「熊本新治寄席

 7月29日、第三回熊本新治寄席は大成功でした。会場は去年と同じメルパルクホールで、キャパは500人! 第一回は熊本市隣保館にて100人、前回(昨年)は200人でした。その前回、500人の所に200人でスカスカだと落ち込んでいたら、池田先生(熊本支部長)と村上事務局長が、満面の笑みで「新治さん!倍ですよ、倍!」と喜んで言いにきました。その顔を見ていたら、空席を気にしてうじうじしていた自分が小さく思えてきました。「そうや100が200になったことを大事にしたらええんや。空席の300を気にして、せっかく来てくれた200人のお客さんが楽しめなかったら、申し訳ない。次へつなげるためにも精一杯やろう。」と気がつきました。幸い、千田やすしさんも、桂こけ枝さんもがんばって戴き、ほんまに良い寄席ができました。以来考え方が前向きになり、ぼやくことがなくなりました。ありがたい、ありがたい気づきでした。
 今回の目標は300人。チケットも売れていました。事前に熊本日々新聞も訪問、記事も載りました。ところが、当て事となんかは向うからはずれるという通り、開場時間になって、急な豪雨。雷もなっています。それで出足が鈍ったのか、お客は250強でした。半分の入りです。300と思っていたのですこしガッカリしましたが、去年のことがあるのですぐに気を取り直し、一所懸命に勤めました。
 番組は、池田支部長の挨拶に続き、
「桃太郎」・川崎亭好朝、「兵庫船」・新治、「手水回し」・桂こけ枝、「つる」・新治、お中入りのあと、「お囃子紹介」(解説・新治、三味線・楽笑亭小きぬ、鳴り物・粗忽家酔書とこけ枝、笛・好朝)、「七段目」・新治、「お楽しみ抽選会」と盛りだくさん。お茶こは、さつま家小いもさん。
 今回のコンセプト?は、「プロ・アマ共同制作」。九州寄せ囃子研究会の、小きぬ、酔書、川笑一座の好朝、小いもの皆さんのご協力で、下座も、お茶こもそろいました。お陰で寄席としては完璧なものにしていただきました。それで、「兵庫船」、「七段目」という上方落語独特の「はめもの入り」の噺もたっぷりできました。1000円という木戸銭ではとても出来ないことです。お客さんも「来年もぜひ来ます」と喜んで戴きました。ご協力戴いた皆さんに感謝です。もっとも、最大のご協力者は、全てのしわ寄せが行った、「桂こけ枝さん」です。打ち上げでは、熊本支部のスター、(もはや全国ネット)のアラモートこと、新本(朴)さんが大車輪のサービス。多いに盛り上がりました。ワールドカップと一緒で「日韓共同開催」の新治寄席。500のホールが満員になるまで願生ろう」と熊本支部はますます元気です。私としては、二席目の「つる」がうけたこと、そして「はめもの」がやれたことと、実りの多い会でした。本当にありがとうございました。

小きぬさん(左)と酔書(よいしょ)さん

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