酸:だるい感じ(だるい筋肉痛のような感じを酸、あるいは痠と呼びます)
 麻:しびれるような感じ(包帯のような物でグルグル巻きにされ、痺れたような感覚)
 脹:腫れぼったい感じ(なんとなく膨らんだ感じのこと)
 重:重く押さえられるような感じ(締め付けられる感覚のことです)

鍼灸の聖書といわれる『霊枢』には、「気至而有効」、「気不至不治」と記載されています。
これは指圧したときや、鍼したときの感覚です。
それをなぜ「得気」と呼ぶのか?
これは古代、病気の原因が「邪気」と「正気」と考えられていたからです。邪気は「病邪」のこと、「正気」は正常な経絡の気なのです。邪気を鍼で得たから、得気と呼びます。日本では鍼感と呼びます。

凝っていない肩を揉んでも、何も感じません。しかし凝っている肩を揉むと、怠さ、痺れるような感じ、腫れぼったさ、重く押さえつけるような感じがします。
これは筋肉が堅くなり、血管を圧迫して血液が循環できない状態になっているのですが、堅くなった筋肉は神経も締め付けるので、何かが載ったように重いなぁと感じるのです。その締め付けられた神経を、さらに手で締め付けるために、そうした得気感が起きるのです。

こうしたコリに鍼が当たると、筋肉が収縮するので、神経が圧迫されて様々な感覚が起きるのです。
そうした感覚は、治療者と患者の双方に現れます。

治療者側:なにかゴムのような固い物に鍼が当たった感覚。(凝り固まった筋肉に鍼が当たった感覚)
患者側:酸、麻、、重。つまり締め付けられるとか、異常な感覚。(鍼によって筋肉が収縮し、神経が圧迫された感覚)
こうして治療者と患者は、打てば響くというように呼応しているのです。だいたい治療者側に「ゴムのようなものに当たった感覚」があれば、患者側にも「ズッキーン」と響くような感覚があります。こうした患者側と治療者側の感覚を合わせて得気と呼びます。しかし例外もあります。鍼しても、患者が何も感じない場合もあります。そうしたときは効果がない。
これを『鍼灸大成』では、鍼を邪気が引っ張るから鍼が重く感じるとし、金属に邪気が引き寄せられ、それらが鍼を引っ張ると考えていました。だから鍼を引っ張らなくなるまで、鍼を放置して、邪気をことごとく鍼に吸い寄せてから、鍼を抜く。

ところが、これでは邪気を抜いただけと考えます。つまり得気は、治療する前の邪気抜きの過程にしかありません。この次に来るのは、
「気至病所」です。
つまり何らかの感覚が病巣部に達し、それによって病巣部が改善する。

つまり最初は得気によって邪気を抜く。つまり障害するものを取り除く。そして次に損傷部分を補修する救援隊を送る。それが「気至病所」です。

最初の得気は、術者にも「手応えあり」という感覚で判りますが、気が病巣部に至っているかどうかは、患者に尋ねてみなければ判りません。そこで、しばしば術者は、患部に鍼の感覚が達しているかどうかを尋ねます。
この病巣に鍼の感覚が達しているかどうかを響きと呼びます。つまり鍼の感覚が、病巣部に伝導して、響いているかどうかを尋ねます。

こうした鍼感や得気、響きという手順が、古代から伝わってきた伝統的な鍼灸です。
もちろん最近登場した腕踝鍼のように、得気のない鍼もあります。
そうした鍼は、伝統鍼灸の『素問』や『霊枢』には記載されていませんので、別物と考えられます。

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