更新履歴

更新日 画 像 備 考
2012.12.20
戦国 趙 方足布 中都

 中都は現在も山西省平遥県中都郷として地名に残っています。中都郷の南3km程の所には宋代まで中都寺と名乗っていた双林寺という寺院が残っています。中都郷の行政範囲が双林寺がある地域まで含まれているのか手持ち資料では確認できませんが、そのあたりで発行された方足布であることは間違いないかと思います。8月末に中国に旅行して世界遺産である双林寺を訪ねたときに、旧名が中都寺と知って、方足布中都の場所はここのあたりかと思い、12月のネットオークションで見かけて、応札したら落札となりました。

2012.12.20
春秋 山戎 尖首刀

 この尖首刀の先端が手持ちの中では最も尖っています。これは針首刀とも呼ばれる山戎が発行したものです。「中国刀幣匯考」では前期の針首刀としています。山戎は春秋時代初期には盛んで、紀元前663年頃には燕に攻め込み、燕が斉に助けを求めるぐらいでしたが、紀元前475年に趙に攻められたのが針首刀発行の終わりではないかという説もあるそうです。山戎が滅ぶ前の尖首刀の先の尖り具合は少なくなりますから、これは国としてまだ盛んな時期のものだと思いますが、全体、特に環の部分、が貧弱になっていますので、国としての衰えが見えだしてきた時期かも知れません。山戎は万里の長城の八達嶺の北側の地域を支配していたそうです。

2012.12.20
戦国 秦 半両

 18.9gもあり手持ちの半両の中で一番重さがあります。径は横で34.2mm、縦で34.8mmです。

2012.10.14
清末期 天国聖寳 背天国

 清朝末期に洪秀全が起こした太平天国の乱の際に発行された貨幣です。いろいろな表記がありますが、どんな意味があるのか何も承知していませんが、上は面に天国聖寳、背に太平とあります。
 10月のネットオークションでの落札品です。

2012.10.6
春秋晩期〜戦国初期 聳肩空首布

 小型聳肩空首布として3つ目を入手してしまいました。10月のネットオークションで足が欠けていると言うことで、初値が低く、応札したら落札となりました。(^_^;)
 春秋戦国貨幣地理研究(人民出版社、2006)によると聳肩空首布は晋、衛の貨幣だそうで、先秦貨幣通論(紫禁城出版社、2001)によると、晋では趙、韓、魏の三家によって滅ぼされた時点で発行が終わり、突足布に替わったとのことですから、晋のものとすると春秋の終わりかも知れず、衛のものとすると春秋晩期から戦国初期にかけてのものと言うことになります。

2012.1.7
金 泰和重寳

 金6代目章宗の時代の泰和4年(1204年)から発行された折十の大きくきれいな古銭です。重の文字の一部に鋳不足があって、文字が欠けていますが、私にはこのようなものしか手が出ません。(^_^;)

2012.1.7

無記号


下半星
漢 赤側五銖

 漢の赤側五銖かな?と言う五銖の記号と下半星です。五銖には無記号、上横文、下半星の3種類がありますが、赤側五銖の無記号と下半星が未入手でしたので、これで赤側、三官、宣帝とおまけの小五銖で無記号、上横文、下半星の3種類が揃いました。
 「赤側五銖かな?」と言うのは一般的な古銭書で赤側五銖に分類されていると言うことですが、そもそも赤側五銖についてはどういう五銖が赤側五銖であるのかについて明らかになっていない状態かと思います。秦漢銭幣研究(1997)では、赤側五銖が発行されたという時期の墓からの出土品から従来の三官五銖と分類されるもので五が縦長の長五と言われるものを赤側五銖としています。これが正しいとすると、長五の下半星がまだ未入手と言うことになります。まあ、その前に無記号、上横文、下半星がどういう意味を持つのかも分からない状態では揃えても余り意味がないとは思いますが、・・・・・・(^_^;) 五銖での無記号、上横文、下半星などの意味についてご存じであれば、お教え願います。m(_ _)m

2011.12.28
春秋中期
〜戦国初期
 聳肩空首布

 大型聳肩空首布は春秋中期から戦国早期にかけて発行されたとのことです。春秋戦国貨幣地理研究(人民出版社、2006)によると聳肩空首布は晋、衛の貨幣だそうで、先秦貨幣通論(紫禁城出版社、2001)によると、晋では趙、韓、魏の三家によって滅ぼされた時点で発行が終わり、突足布に替わったとのことです。
 12月のオークション・ネットでの落札品です。

2011.12.28
春秋晩期
〜戦国初期
 聳肩空首布

 小型の聳肩空首布です。小型聳肩空首布は春秋晩期から戦国早期にかけて発行されたとのことです。今回の入手で聳肩空首布は大型1と外形が違う小型2となりましたが、それらが意味するところはさっぱり理解していませんので、その辺も勉強したいと思っています。
 これも12月のオークション・ネットでの落札品です。

2011.12.23
清 嘉慶通寳

 工部寳源局のマ頭重点通下星です。工部寳源局の下星は2枚持っていましたので、3枚目で下星が揃ったことになるかと思います。寳泉局の上星は4枚持っています。宝泉局は5廠あるとのことですから、宝泉局上星も後1種で揃いますが、・・・・・・(^_^;)
 10月に入手していましたが、HP掲載は12月になってしまいました。(^_^;)

2011.12.11
戦国 斉 斉明刀

 戦国時代の斉で使用された斉明刀と呼ばれる刀貨です。以前から持っていたものより細身で短く、文献1では後の時代のものとしています。
 斉明刀を2つも持てるとは思ってもいませんでしたが、頂きました。v(^_^;) しかも、時代が違うものです。これで手持ちは2個になっただけですが、斉明刀について調べてみようかと思います。

2011.8.6

コ頭重点通
マ頭重点通・出頭宝
清 嘉慶通寳

 戸部寳泉局の大型銭の直广2枚です。この2枚で直径が28mm台のものでマ頭重点通・ス貝宝・円頭宝、マ頭重点通・ハ貝宝・円頭宝、マ頭重点通・出頭宝、マ頭単点通、コ頭重点通の5種類が揃いました。(^_^)v 慶の广の部分がまっすぐな直广と普通のが混ざっていますし、直径も27mm台、28mm台、29mm台と別物ととらえた方がいいぐらい大きさが違うのもあるようでので、気にし出すときりがありませんので、この辺にしたいと思っています。見かけたら購入してしまうかもしれませんが、・・・・・(^_^;)
 前の更新から半年以上経ってしまいました。(^_^;)

2010.11.14

阿克蘇熱西丁銭
回文銭

 阿克蘇局の回文銭です。回文の阿克蘇の文字の形が手持ちの物と違っている(右側画像の右側の文字)のをYahoo Japanで見かけて、応札したら落札となりました。(^_^)v

2010.9.16
清 同治重寳

 宝伊局當四です。同治元年(1862年)から同治4年まで発行されたそうです。
オークションネットでの落札品です。直しが入っていると言うことでしたが、直しは小さなものでよかったです。サビはきついですが、・・・・(^_^;)

2010.9.12

清寧通寳
 1055-1064年

咸雍通寳
 1065-1074年

寿昌元寳
 1095-1101年
遼 清寧通寳 咸雍通寳 寿昌元寳

 遼の貨幣3種です。咸雍通寳、寿昌元寳は昨年6月に入手していましたが、HPに載せずに1年以上経ってしまいました。清寧通寳を入手しましたので、これ以上溜めるても次の入手機会が何時来るのか分かりませんので、今回3個まとめてHPに載せました。
 これで遼の国力が盛んな時期の貨幣6枚を度並べることができました。たぶんその時期のものだから発行枚数も多く、ここに載せることもできたのでとできたのだとは思いますが、・・・・(^_^;) これよりも前の時期とか後の時期のものの入手は私には難しいかと思います。(T_T)

2010.9.12

背卯(1351年)


背辰(1352年)

元 至正通寳

 至正通寳の背卯と辰です。それぞれ1351年と1352年の発行を示しているのだと思います。
2005と2006年に入手して、遼から元の古銭のページに書き込みながらHPにアップせずに何年も経ってしまいました。(^_^;)

2010.8.14
戦国 中山?燕? 明刀

 この明刀は「中国刀幣匯考」の255の拓とよく似た形ですので、それに従うと燕の明刀の初期型と言うことになります。しかし、明刀は燕の他にも、中山でも発行されていたそうです。中山の明刀の特徴は明の文字が絵に近い部分にあることが特徴とのことですから、そのことはこれにぴったり当てはまります。これとほぼ同じ形の明の文字を持つ明刀と明の文字の位置を比べて頂ければその位置の違いがよく分かるかと思います。燕の鋳造工が気まぐれで明の文字の位置を変えた物という可能性もなくはないと思いますが、燕での貨幣発行は国の管理が他の諸侯よりもしっかりとしていたとの話も何処かで読んだ気もしますので、そうであれば気まぐれの可能性は低くなり、中山のなんて思いも出てきますが、中山の刀貨の柄の部分の直線紋は1本の物が多いのでそれからするとこれは2本あり燕の物かななんてことになります。(^_^;) 何れにしても何か情報がありましたら、お教え願います。m(_ _)m 何れにしても、中山の明刀??という期待でeBayで落札した物です。
 画像からは明の右上が角張った斉明刀の様にも見えなくはないですが、発掘者か流通の間の誰かが斉明刀を期待して明の文字が角張っているかどうか確かめるためにそのような形で錆落としをしたために画像ではそんな感じにも見えますが、この明は上が丸く、角張ってはいません。

2010.7.31

殷〜戦国初期 銅製貝貨

 最古の鋳造貨幣である銅貝貨として1個持っていましたが、空いている穴の部分がチョット曲がったものでした。穴が真っ直ぐなものとよく曲がったものがあるのはネット上で見たことがあったので、手変わりというのか欲しいと思っていましたが、入手する機会もなく何年も経ってしまいました。やっと入手できました。(^_^)v 形の違いに何の情報も持っていないのですが、発行地域の違いとか、時代の違いだったらいいなぁと思っています。(^_^;)

2010.2.13
戦国 平陰

 燕下都東周貨幣聚珍では周王室布幣、先秦貨幣通論では趙としており、周だったらいいのになぁと思っていますが、分かりません。現在の河南省孟津、河南省落陽、山西省陽高に比定されており、多くが納得する結論は出ていないとのことです。
 「陰」の文字がすり減って画像からはわかりにくいほど薄くなっているのがチョット残念ですが、・・・・(^_^;)

2009.12.27
明 天啓通寳

 背に十一両とある大型の天啓通寳です。手持ちで最も大きな明朝銭となりました。2009年12月のオークションネットで入手できました。

2009.12.26
春秋中期〜戦国早期 晋?衛?

 小型の聳肩空首布です。「春秋戦国貨幣地理研究」では、晋、衛の貨幣と見方が紹介されています。晋が主な流通地域で、衛まで波及していたということのようです。晋の貨幣とすると初めての晋の貨幣が入手できたことになります。これで空首布の聳肩、平肩、斜肩の3種類が揃いました。聳肩は半ばあきらめていましたが、正面から見るとわかりにくいのですが、曲がっていて、それで価格も少し安くて、2009年12月のオークションネットで入手できました。

2009.12.22
戦国 燕 尖首刀(類明刀)

 戦国時代の燕の尖首刀ですが、尖首刀から明刀へと変わる直前の明の文字があれば明刀、明の文字がないので尖首刀と分類されるだけの尖首刀と言えるかと思います。明刀なら「明」がある位置に「六」があります。中国では類明刀と呼ばれることもあるようです。2009年12月のオークションネットで入手しました。

2009.10.13
戦国前期 周?鄭?衛? 
平肩弧足空首布 八

 中型の平肩弧足空首布です。小型のもの1個しか平肩弧足空首布は持ち合わせていませんでしたので、私としてはがんばって、2009年10月のオークションネットで入手しました。上の柄の部分が発掘の際に潰れたのか、少し潰れています。(^_^;)
 「八」とありますが、何処のものかさっぱり分かりませんし、「八」の意味するところも分かりません。「春秋戦国貨幣地理研究」によると、平肩弧足空首布は斜肩弧足空首布の発行地域より東西に広がった発行地域があったようです。「中国東周時期金属貨幣研究」では、周、鄭、衛などで発行されていたとあります。

2009.10.13

戦国(475BC-221BC) 趙 茲氏

 このチョット細身の方足布は尖足布から方足布に形が変わった最初の形だそうで、文献7、9では類方足布と言う名称が使われています。茲氏の類方足布と言うことか、購入元は尖足布小異と言うことで売っていました。どちらにしても、尖足布から方足布への過渡期の布貨と言うことになります。2009年10月のオークションネットでの入手品です。

2009.10.11
春秋? 鮮虞? 尖首刀

 この尖首刀は中国刀幣匯考では鮮虞の尖首刀とされる物に形が近いようですが、大きさ的には一番小さいものです。一度、鮮虞が滅ぼされて再度建国した中山国の尖首刀よりは少しだけですが、ちょっとだけ大きく、鮮虞だとするとその最後の時期のように思います。ただ、燕の尖首刀との外形の差はちいさく何となく、鮮虞とどこで思ったのかと言うと輪の部分が鮮虞の方が円形からの外れの程度が大きいかな?と言うことぐらいです。2009年10月のオークションネットでの入手品です。

2009.10.11

山西寳晋局 単点マ頭通


山西寳晋局 重点マ頭通
清 光緒通寳 山西寳晋局

 単点マ頭通と重点マ頭通です。書体の違いがどういう意味があるのか承知していないのですが、取りあえず書体の違いがあると言うことで、入手しました。単点マ頭通の1個は2009年4月のオークションネットでの入手品で、もう一つは以前から持ちのものの差し替え画像です。

2009.10.11

35mmφ,13.8g

34mmφ,9.2g
戦国 秦 半両

 特にコメントを書くこともないのですが、秦、ひょっとすると戦国時代の秦かもしれませんが、何れにしても秦の半両です。2009年4月のオークションネットでの入手品です。

2009.10.11
燕 尖首刀

 戦国時代の燕の尖首刀です。尖首刀としては最後の時期のものだと思います。主という文字があります。2009年4月のオークションネットでの入手品です。

2009.3.20
斉  四化

 昨年末にオークションネットで私にとって初めて斉の円銭である 六化を入手し、他のも欲しくなって買ってしまいました。ただ、一般には 四化は 六化よりも高価です。これは、たぶんですが、あとの時代まで使い続けられたのか、すり減っている上に周りを削り取られたものでそう高いものではありませんでした。・・・と言っても、私には 六化同様に高かったですが、・・・・・(^_^;)

2008.12.25
斉  六化

 私にとって初めての斉の円銭です。斉は刀貨が使われてきた国ですが、戦国時代末期に円銭を発行するようになったそうです。古い古銭書では宝六化とされていますし、右側の文字は宝に似ていますが、 とのことのようです。 六化とすると、 は都市の地名で鋳造地を表しているか貨幣の単位を表しているかの両説があるとのことです。

2008.10.21
燕 尖首刀

 戦国時代の燕の尖首刀ですが、燕の尖首刀の中ではかなり終わりに近い頃の物で、柄の幅が刀身の幅の半分を超えるところにまで大きくなっています。全体の形は尖首刀のあとの時代に現れる下の明刀にかなり近くなっています。初期の明刀と同じ形で「明」の文字がないものを類明刀という分類名で呼ぶことももあります。手持ちの明刀と同じ外観で明の文字がないとは言いにくい形かもしれませんが、銭書拓にはほとんど同じ形の明刀も見られますので、尖首刀がなくなるすこし前の尖首刀、類明刀といえるかと思います。己という文字があります。

2008.10.18
清 道光通寳

27.7mmφの大型銭です。戸部寳泉局第一廠での鋳造を示す出頭宝、マ頭重点通、ハ貝宝の特徴を持っています。

2008.10.18
清 道光通寳

28.2mmφの大型銭です。戸部寳泉局第二廠での鋳造を示す円頭宝、マ頭重点通、ス貝宝の特徴を持っています。

2008.10.18
唐 大暦元寳

大暦年間(766〜779年)に庫車で発行されたものだそうです。

2008.10.18
唐 建中通寳

建中年間(780〜783年)に庫車で発行されたものだそうです。

2007.12.19
戦国時代 趙 安陽

 方足布の安陽です。12月のオークションネットで大型方足布と言うことで入手しました。標準のものと比べて大きさは少し大きく、厚くて重いものです。方足布の出始めの時期のものとか鋳造地が違うとか何か違いがあれば、いいと思うのですが、単に出来損ないで大きくて厚いものだったらチョット・・・・・(^_^;) 52.1mmの高さで、 11.2gの重さです。

2007.10.14
清 天命皇宝

 天命皇宝は一個持っていましたが、材質、大きさともに一般的なものでないようでしたの、普通のものをと言う感じで入手しました。(^_-)

2007.10.7

マ頭重点通・ハ貝宝・27.7mmφ

マ頭重点通・ス貝宝・28.3mmφ

マ頭単点通・27.7mmφ

コ頭重点通・27.1mmφ
清 嘉慶通寳

 大型の戸部寳泉局4枚で、大型銭の今年2回目の入手になります。上から、マ頭重点通・ハ貝宝・27.7mmφ、マ頭重点通・ス貝宝・直广・28.3mmφ、マ頭単点通・27.7mmφ、コ頭重点通・27.1mmφで、前回入手の大型の戸部寳泉局と合わせると、マ頭重点通・出頭宝の特徴を持つ北廠のものが未入手として残ります。eBayで出頭宝のものも出品されるのですが、いつも高額になっていて私には落札できずにいます。価格というか希少性を書いた銭譜を持っていないのでよく分かりませんが、希少なんでしょうね。

2007.10.7
清 嘉慶通寳 新彊伊犁局

 背にある縦の棒がどういう意味を持っているのかも知らないのですが、下についているのを持っていたので、eBayで応札したら落札となりました。

2007.5.14
春秋戦国 平肩弧足空首布

 無文ですので、何処のものかさっぱり分かりませんが、「春秋戦国貨幣地理研究」によると、平肩弧足空首布は斜肩弧足空首布の発行地域より東西に広がった発行地域があったようです。「中国東周時期金属貨幣研究」では、周、鄭、衛などで発行されていたとあります。
 今回更新の4枚は4月のオークション・ネットで入手しました。

2007.5.14
戦国 趙 晋陽

 晋陽は古地名、現在の山西省太原市で、趙の首都があったところです。でも、紀元前246年には秦の領土になってしまいました。尖足布は戦国時代前期から中期にかけての形式だそうです。半釿の価値を表す半の文字が付いた晋陽半は以前から所有していました。文献で調べた訳ではありませんが、半の文字のない方が後の時代のものと思っているのですが、あっているのでしょうか?? 陽の文字が裏文字になっています。

2007.5.14
北周 永通萬国

 北周は永通萬国、五行大布、布泉と立派な造りの貨幣を発行していましたので、揃えたかったのですが、永通萬国は私にとっては高価で手が出ませんでしたが、ピンホールがある傷物としてオークション・ネットで出ていましたので、入手しました。後期のものなのか少し貧弱ですが、三種類が揃いました。
v(^O^)v

2007.5.14
北宋 政和通寳

 政和、重和と続く貨幣で使われた書体の政和通寳です。政和通寳の方が早い時期なのに何故か重和様と呼ばれています。

2007.1.2

コ頭重点通 26.7mmφ

ス貝宝 マ頭重点通 円頭宝 27.7mmφ

マ頭重点通 円頭宝 28.6mmφ
清 嘉慶通寳

 大型の戸部寳泉局3枚です。戸部寳泉局は東廠、西廠、南廠、北廠、中廠と言う5つの鋳造所で鋳造されていたそうですが、今回の入手で各廠とも少なくとも1枚ずつは揃いました。(^_^)v 嘉慶通宝の大型銭は1枚持つのみでしたが、eBayで3枚セットが出ているのを見て、応札したら、落札となったのがこの3枚です。26mm台、27mm台、28mm台、29mm台が各1枚ずつですが、揃いました。大型銭と言っても色々な制度に基づいて発行されているようですが、承知していません。機会があったら、大型銭で5つの鋳造所のものを揃えられたらなぁ〜と言うところです。(^_^;)

2006.12.30
燕?山戎? 尖首刀

 張弛著「中国刀幣匯考」(河北人民出版社、1997)に示されている拓との照合では燕あるいは山戎の尖首刀の初期の形とよく似ています。上側の画像の面にある文字は土のようです。刀身の部分の幅が全体に広めですが、先の方が特に広いのは前期尖首刀に多く見られる特徴です。全体の雰囲気は山戎のもののような感じもしますが、燕の比較的初期の尖首刀とされるものの一部にもそういうものもありますので、どちらのものかよく分かりませんが、山戎の初期のものであれば、後期のものもすでに入手していますので、前期と、後期の2つになり、あと先が針のように尖ったのが入れば、・・・・・となって個人的にはうれしいのですが、・・・・・・(^_^;)

2006.12.30
戦国 燕 尖首刀

 「中国刀幣匯考」に示されている拓との照合では燕の尖首刀の初期の形とよく似ています。上側の画像の面にある文字は行のようです。

2006.12.30
戦国 燕 尖首刀

 「中国刀幣匯考」に示されている拓との照合では燕の尖首刀の初期の形とよく似ています。

2006.12.30
戦国 趙 甘丹

 趙の都であった甘丹の銘を持つ戦国時代の中期の円首刀です。趙は本来布貨の流通地域であった所であったが、刀貨の流通地域であった東の燕との経済的結びつきが強まって、刀貨も発行されるようになって、布貨と刀貨がともに流通するようになったとのことです。

2006.12.30
戦国 趙 甘丹

 甘丹は趙の都があったところです。一釿の価値の貨幣で、普通の尖足布は半釿で、その倍の価値のある大きな尖足布です。同じ銘を持つ違う形式の貨幣を揃えたいとずっと思っていましたが、やっと第一歩が踏み出せたかな?と言うところです。

2006.12.30
戦国 趙 安陽

 単に文字の大きさが違うだけかもしれませんが、以前から持っている安陽よりも文字が大きめで、足の部分が少し細身です(欲目ですが、・・・・(^_^;))。安陽という地名は戦国時代に趙をはじめとして各地にあったそうで、違う所のものであればいいのですが、・・・・・・

2006.12.30
戦国 燕 安陽

 背には「左」の文字があり、明刀の場合と同じで、「左トウ(陶の作りだけでこざとへんがない文字)尹」と言う鋳造組織で作られたものであることが分かります。安陽は現在の河北省完県にあたるそうです。背右を以前から持っていましたので、これで左右が揃いました。
 今回の刀貨、布貨の7枚は11月のオークション・ネットでの落札品です。過去最大の落札となってだいぶ財布が軽くなりました。(^_^;)

2006.10.9
清 道光通寳

 戸部寳泉局の大型の万選銭で、29.4mmφあります。私の手持ちの小平銭の清朝銭の中では最も大きいものです。黄色く見える部分が真鍮の色にしてはキラキラしていて、塗金銭かとも思いますが、塗金銭の現物を見たことも触ったこともありませんので、よく分かりません。

2006.10.9

江蘇寳蘇局
 マ頭通缶寳

福建寳福局
 小様

四川寳川局
 紅銅

雲南寳東局
 鍵宝

雲南寳東局
 満文東異書
清 咸豊通寳

 咸豊通寳4局5枚です。各局とも1、2枚しか持っていない局で枚数を増やしてみました。寳蘇局は前からの所有がコ頭通だったので、今回はマ頭通缶寳、寳福局は前からの所有が正様だったので、小様、寳川局は黄銅だったので、紅銅、寳東局は鍵寳、満文宝異書と言うことです。寳東局満文宝異書は清朝銭譜には銅鋳の無記号銭は未確認とありますので、珍しいものかもしれませんが、当時は中国からの地方局の渡来が少なく未確認だっただけかもしれません。

2006.10.9

寳南局

寳晋局
清 同治通寳

 それぞれ1個を持っているだけでしたので、2個目です。

2006.9.13
蜀 太平百銭

 蜀の太平百銭です。何か最近蜀の物ばかり載せているようですが、eBayでの出品が落札が続いているだけなんですが、剪輪銭と言うことと書体が今まで持っているのと少し違うと言うことで、応札したら落札となってしまいました。(^_^;) 貨幣の周りを切り落とすという行為は混乱のとか国力が衰えて小型貨幣が発行されるとともに行われた行為なんでしょうね。

2006.7.2
蜀 太平百銭

 太平百銭の大様です。22.7mmφです。前から持っている太平百銭とは大と平の書体が少し違います。

2006.7.2

蜀 直百

 直百の大様です。大様と言っても直径18.5mmしかありませんが、前から持っていたのは16.2mmφ、13.4mmφですので、やっぱり大きめなんでしょうね。

2006.7.1

湖北寳武局


貴州寳黔局


雲南寳東局
清 同治通寳

 宝武局、宝黔局、宝東局の3局です。各局1枚ずつがとりあえずの目標とすると残りは宝広局、宝陝局、宝伊局の3局ですが、宝広局、宝陝局は試鋳貨のみだそうで、売り物も見かけたこともありませんし、宝伊局は売り物は見かけますが、価格が・・・・・です。宝武局は文字も稚拙で如何にも民鋳銭という感じで、公的機関から発行された硬貨という感じは受けませんが、・・・・・・・ とりあえず、(^_^;)

2006.6.24
清 光緒通寳

 庫車局で1885-1906年にかけて鋳造された光緒通寳です。背には上下に庫十とあり、左右に満文で宝庫車とあります。背の文字は同時期に作られた乾隆通寳と同じものです。

2006.6.11
蜀 太平百銭

 小様の太平百銭を以前より持っていましたが、小さめでしたので、普通のが欲しいと思って入手してみました。以前のが17.9mmφでしたが、これは24.4mmφです。文字の書体も少し違いますね。洗いがきつく錆が落とされていますが、・・・・ まあ、価格が・・・と言うところで、(^_^;)

2006.6.11
剪輪大泉五十

 後漢末の混乱の中で小型化した硬貨に合わせる形で古い時代の硬貨の周辺を切り落とすと言うことが行われました。五銖が最も流通していた硬貨ですから、剪輪五銖が一般的ですが、当時あった貨幣は五銖だけではありませんので、新の時代に発行されていた大泉五十もこんな形になったようです。

2006.6.11
梁 五銖

 鉄製の五銖です。鉄製の五銖は手持ちの銭譜では南朝梁の武帝普通4年(523年)に鋳造をはじめたというのしかありません。そこには背四出文の形式が載っていますが、この背はそうではありません。よく分かりませんが、とりあえず梁の項目に載せさせて頂きます。

2006.6.11
梁 五金

 これも鉄製です。ただ、文面が五銖でなく五金です。銖と言う文字は画数が多く鋳出しにくいので旁を落として金となったのだと思います。背は四出文となっています。

2006.6.11
六朝時期の何処か 平当五銖

 面の上に「平」の文字がある五銖です。六朝時期の何処かの五銖らしいのですが、鋳地も不明のものだそうです。平の文字が下や背やいろいろな向きを向いたりバリエーションがいくつかあるようです。

2006.6.11

亀茲 小銅銭

 無文の銅片でしかありませんが、亀茲五銖と一緒に出土したと言うことで、亀茲五銖1個とともに購入しました。亀茲国では無文の小銅銭が発行されたそうですから、そうだといいですね。(^_-)

2006.6.4
明 興朝通寳

 背五厘のコ頭通です。前からマ頭通を持っていましたが、eBayでコ頭通、マ頭通のセットが出ていて、つい応札して、落札となりました。v(^O^)v 状態は前からのに比べると劣りますが、価格が・・・・でしたので、(^_^;)

2006.6.4
清 嘉慶通寳

 嘉慶通寳伊犁(イリ)局は嘉慶5年(1800年)から25年(1825年)まで発行されたそうです。この背にはの郭下には竪文があります。

2006.6.4
清 乾隆通寳

 乾隆通寳ですが、光緒4-9年(1878-1883年)に庫車局で鋳造されたものです。背の回文は「光緒」とあるそうです。背に回文で光緒とある乾隆通寳には上に月があるものを持っていましたが、月がないのを持っていませんでしたので、今回入手してみました。v(^O^)v

2006.4.29
清 光緒通寳

 光緒通寳の庫車局で漢字で庫十と縦に漢字で書いてあり、左に満文で、右に回文「庫車」とありますが、右に回文は異書とか行書と呼ばれる変わった書体のものです。

2006.4.29
清 道光通寳

 道光通寳新彊伊犁局の上下竪文です。道光通寳新彊伊犁局には上月、上星、上竪文、上下竪文といろいろあります。

2006.4.26
戦国(475BC-221BC) 趙 平匋

 このチョット細身の方足布は尖足布から方足布に形が変わった最初の形だそうで、中国の古銭書では類方足布と言う名称が使われています。平匋というのは今の山西省文水県の西南にあたるそうですが、古い銭譜などではこれを平周としていて、そうすると山西省介休県の西にあるそうです。2005年11月にオークションネットで落札したものですが、今まで仕事が忙しく、4ヶ月もHPの更新が滞り、HP開設以来、最長の更新間隔になってしまいました。

2006.4.26
戦国 韓 鄩氏

 韓の方足布には余り縁がなく、オークションネットで見かけましたので、応札したら落札となりました。(^O^)v 鄩氏は古地名で、現在の河南省巩県の西に当たるところだそうです。

2006.4.26

 
戦国 趙 襄垣

 襄(襄の右に支)垣でです。右に支がない襄垣は以前より持っていましたが、この違いがどこから来ているのか分かりませんが似た地名の別の場所だったり、時代が違ったりすると面白いと思って入手しました。・・・・・・(^_^;) 現在の山西省襄垣県の北に当たるところだそうです。

2005.12.24
清 乾隆通寳

 乾隆通寳ですが、光緒9年(1883年)に新疆省設置作業開始を記念して阿克蘇局で発行されたものだそうです。新疆省設置は翌光緒10年ですから、何で設置記念の10年でなく、設置作業開始記念の9年なんでしょうね。

2005.11.6 清 同治通寳

 2個目の戸部寳泉局です。前は出頭宝でしたので、円頭宝もと言うことで入手しました。同治通寳の京局は万選銭だけだという話をどこかで読んだ気がするのですが、これはその通り径の大きなものです。

2005.11.6
清 同治通寳

 同治通寳の戸部寳源局は万選銭のみという記述を読んだことがありますが、これは径も小さく、私鋳銭かもしれません。多分そうなんでしょうが、綺麗な宝源局は私には高価すぎて手が出ませんので、これで良しとしようかと思っています。

2005.11.6 清 同治通寳

 庫車局當五です。背の左側に満文で庫車、右側に回文で庫車とあります。これで大分類での同治庫車局の當五、當十の3種、庫十、新十が揃いました。v(^O^)v

2005.11.6 清 同治通寳

 阿克蘇局當五です。背の左側に満文で阿克蘇、右側に回文で阿克蘇とあります。阿克蘇局には當五と當十の2種あり、これで揃いました。紅銭の當五は咸豊通寳で3種、同治通寳で2種あり、咸豊通寳のカシュガル當五がまだ入手できていません。

2005.11.6 清 咸豊元寳

 見る資料によって少し違うのですが、宝伊局は道光20年に鋳造を停止していたものが、咸豊3年か4年に再開したそうです。小平、当四、十、五十、百、五百、千の7種類の大銭が鋳造されたそうです。これは當百です。

2005.11.6 清 咸豊重寳

 新疆銭幣では、當四は咸豊5年(1855年)5月より当十と等値の貨幣として発行されたとあります。デノミでもあったのでしょうか。

2005.11.3 清 回文銭

 清同治3年(回教暦1280年)に回教徒の反乱で庫車は清朝の支配から外れ、新しい貨幣が翌年から発行され、この回文銭には1281の文字が入っていて、紀年銭と呼ばれています。長い間eBayで何回応札しても人気があるのか落札できなかったのですが、欲しい人に一通り行き渡ったのか私にも落札の機会が回ってきました。v(^O^)v

2005.11.3 明 昭武通寳

 篆書で書かれた銭文を持つ貨幣は古い時代にはたくさんありましたが、時代が下ると少なくなりました。清代の終わりにもありますが、とりあえず、私の持つ篆書で最も時代が下る貨幣です。背に壱分とあります。

2005.11.3 金 大定通寳

 金の大定通寳には背申です。3個目の大定通寳で、もうこれでいいやと言うところかな?

2005.11.3
韓?趙?魏? 平陽

 平陽はこれまで「陽」の日が下が丸い日、○、△、▽の4つを持っていましたが(発行の国、地域が違うのではと言う期待を持って(^_^)v)、この平陽は前から持っているものより少し大きい気がしましたので、時代が少し違うのかという期待で入手しました。そうだといいんですけどね(^_-)

2005.8.21

日本 平安通寳

 平安通寳は中国・朝鮮ほかの公鋳銭に認められない独自の銭文だそうで、厳密には鋳地不明なんだそうです。加治木銭の一種と捉えたり、豊前をはじめとする九州での鋳造とみられたりすることが多く、日本製とみる説が有力なようです。
 私のサイトには日本銭ページがありませんので、古銭関係リンクに飾りとして置かせて頂きます。(^_^;)

2005.8.21
清 乾隆通寳

 新彊庫車局です。背に漢字で庫十、左に満文で宝、右に回文で庫車とあります。紅銭の庫十には大分類で8タイプありますが、これで揃いました。v(^O^)v

2005.6.29
清 回文銭

 阿克蘇で発行さけた回文銭です。回文銭は庫車で発行されたのが大多数ですが、阿克蘇でも発行されました。右側の画像の郭の右側に阿克蘇とありますが、上下が紅銭にある阿克蘇の文字と逆になっています。新疆銭幣には1864-1867年に発行されたとありますが、新疆紅銭大全図説には「同治阿克蘇銭は同治4年(1865年)に鋳銭停止」とあります。どちらが正しいのか分かりません。(^_^;)

2005.6.28
魏 梁夸釿百尚寽

 私にとって2枚目の釿布です。釿布はどれも価格が高く一番安い安邑二釿だけで、あとは無理かと思っていましたが、かろうじて手が届くこれを見つけ購入しました。梁の文字を持ち、魏の首都大梁で発行されたと考えられる 方足布梁邑 とは同じ時代の半釿と一釿の関係にあるのか、時代が違うのか同じなのか知りたいところです。どなたかご存じであれば、お教え願います。m(_ _)m
 でも、この貨幣に書かれている文字は何と読むのでしょうね。いろいろあって何が正しいのか分かりません。(^_^;)

2005.5.28
清 光緒通寳

 喀什克尓(カシュガル)局での発行を示す「喀」の漢字が背の上にあるのですが、背の右と左には満文と回文で阿克蘇(アクス)と書かれ、阿克蘇局での代鋳によるものだそうです。

2005.5.28
清 同治通寳

 庫車局での発行で背に漢字で庫十とあり、左と右に満文と回文で庫車とありますが、回文の書体が変わっていて、回文異書と呼ばれたり、行書と呼ばれたりしているようです。紅銭で庫十と背にある物は8タイプあり、これは私にとっての7タイプ目で、あと残りは乾隆通寳の庫十のみとなりました。

2005.5.28
清 乾隆通寳

 庫車局での発行で背に漢字で當十とあり、左側に満文でKuche右側に回文でKuchaと書かれているそうです。回文の方が上の物と書体が違っていると思いますが、こちらの方が標準的な書体のようです。

2005.5.28
清 乾隆通寳

 喀什克尓(カシュガル)局での発行を示す「喀」の漢字が背の上にあるのですが、背の右と左には満文で宝庫車と書かれていて、庫車局で鋳造されたとのことです。しかも、鋳造は光緒年間とのことです。

2005.5.28
清 乾隆通寳

 戸部寳泉局の万選銭ですが、こんなに綺麗なのを持っていませんでしたので、つい買ってしまいました。(^_^)v

2005.5.22
清 咸豊重寳

 迪化宝迪局は1854年(咸豊4年[新疆紅銭大全図説]、新疆銭幣では咸豊5年)に設立されて、まず、當八銭が発行されたそうです。迪化では800文が銀1両に相当したために、8という中途半端な価値の貨幣が発行されたと新疆銭幣にありました。咸豊7年[新疆銭幣]に発行が停止されたそうで、それで當8は価格が高いようです。でも、これは何故か分かりませんが、eBayで他の紅銭と4枚1ドルで出ていて、無競争で落札となったものです。まあ、変な物ではないと思いますが、・・・・・ とりあえず、v(^O^)

2005.5.15
清 同治通寳

 同治通寳宝済局です。以前にも宝済局らしきものを入手して、ここに載せましたが、交換を申し出る方があって、交換してしまいました。と言うことで、もう1個という感じで探していました。如何にも民鋳と言う感じのものですが、宝済局同治通寳というものが存在するなら1個欲しいですから、・・・・・(^_^;)

2005.5.15

背宇

背宙

背日

背列

背来

背往
清 光緒通寳

 光緒通寳宝泉局の上に文字のあるタイプの6種類です。光緒通寳の上に文字のあるタイプは宝泉局4廠、宝源局3廠の合計7廠からそれぞれ6種類が発行されていて、42種類あるそうですが、まあ、私のところでは6つの文字でとりあえず満足です。v(^O^)

2005.5.8
清 道光通寳

 先月後半に道光通寳宝伊局を入手したばかりですが、eBayで見かけて、つい、応札して落札となりました。・・・・・・・v(^O^)v

2005.5.8
清 光緒通寳

 阿克蘇局で鋳造されましたが、満文で宝泉とありますと言いたいところですが、満州文字が裏返っています。

2005.4.25
中山 尖首刀

 「中国刀幣匯考」によると戦国時代の中山の尖首刀とされる物と形と言うか大きさが一致しています。中山は鮮虞が滅ぼされ、同族の人々が再び建国した国とのことです。しかし、大きさは鮮虞の時代よりも小さくなっていますし、同じような感じの外形を持つ燕の尖首刀よりも小さいのは国力が影響しているのでしょうか。
 この尖首刀は燕の比較的初期の尖首刀が欲しくって、購入しましたが、またしても燕ではありませんでした。また、柄の部分が折れていたのを補修した物でした。購入時の画像では分かりませんでした。初めての古銭屋さんできちっとしたところと思って購入しましたが、残念と言うところです(補修品としては高価??)。今回手に入れた2本の尖首刀がともに中山のものであれば、鮮虞、中山と続いた国の尖首刀が一通りの形式が揃ったことになります。v(^O^)v それにしても、初期の燕の尖首刀に縁がありません。(^_^;)

2005.4.25
中山 尖首刀

 「中国刀幣匯考」によると、尖首刀の柄の直線紋の片側が1本の物はほとんど鮮虞、中山とされています。燕の尖首刀が93例紹介されている中で、直線紋が1本で燕の尖首刀とされる物は1例のみしかありません。と言うことで、中山の尖首刀のつもりで購入したのですが、・・・・・ 直線紋から言うと中山の尖首刀の可能性が大なのですが、「中国刀幣匯考」ではこの様に全体のそりが少ない中山の尖首刀は紹介されていません(かなり近い中山の尖首刀は紹介されています)。ですから、外形からは燕の尖首刀?と考えられなくはありませんが、この形の燕の尖首刀の刃の部分には郭が付いていてもおかしくないですから、中山の尖首刀の最後期の物ではないかと考えます。

2005.4.23
清 乾隆通寳

 光緒4年(1878年)から光緒9年(1883年)に庫車局で発行された乾隆通寳です。背には左側に満文でKuche右側に回文でKuchaと書かれているそうです。

2005.4.23
清 道光通寳

 道光年間の宝伊局では、道光通寳が8割、乾隆通寳が2割の割合で発行されたそうです。小字と呼ばれるタイプですが、前から持っている道光宝伊局と同じ鋳局か?と思うほど違うように感じるのですが、・・・・・・・

2005.3.11
燕 明刀

 燕の明刀です。某ネットオークションで見かけて落札したのです。オークションに出ていた画像の明刀に違いないのですが、画像が歪んでいたのかどう見ても全体の形の印象が違うのです。よぉーく見たら、面の画像の幅が縮んでいるようで、思っていた外形の明刀でないのを入手してしまいました。(^_^;) と言っても、形態の変化から言うと抜けていた形にあたるような気もしますので、今まで掲載していた明刀の間に載せておこうと思います。
 右の文字がある側(下側)の先端付近に鋳傷だとは思いますが、何かあります。文字だとすると例外的な位置にあるのかも知れません??

2005.3.6
清 乾隆通寳

 乾隆通寳で背に満文で宝泉とありますが、光緒年間に庫車局で発行されたものです。先月後半に入手した宝源とあるのと発行の経緯は同じだと思いますが、詳しくは分かりません。

2005.2.20
清 乾隆通寳

 光緒4年に回教徒による西域支配を回復した左宗棠によって庫車局で発行された乾隆通寳で、背に満文で宝源とあります。何故かは知りませんが、このときに宝泉、宝源、宝折、宝陝などの満文が背に入った乾隆通寳が発行されたそうです。何故、古い時代の他の地方での硬貨を称したものが発行されたのか事情をご存じの方がおられましたら、お教え願います。m(_ _)m

2005.2.20
清 咸豊通寳

 咸豊通寳庫車局は新疆銭幣によると1854年(咸豊4年)〜1861年にで発行されたそうです。背の文字は左側に満文で"Kuche"、右側に回文で"Kucha"とあってともに音訳の漢字を宛てると庫車となるそうです。

2005.2.20
清 光緒通寳

 左に満文、右に回文で庫車とあるそうですが、回文の書体が異書と呼ばれる変わった形で書かれているそうですが、上の咸豊通寳とはかなり文字の形が違います。他に漢字で「庫十」とあり、右下に月があります。

2005.2.5

隆興元寳 鉄


乾道元寳 鉄


乾道元寳 鉄


乾道元寳 篆書


紹熈通寳
 循読 背同三

紹熈通寳
 対読 背漢三(?)

端平通寳
 伍恵下東
南宋 いろいろな鉄銭

 南宋の鉄銭です。小平銭は分かりますが、折二か折三か、折五か折十かの区別がよく分かりません???

2005.2.5

南宋 嘉泰通寳

 嘉泰通寳は南宋の時代の1201〜1204年に発行された硬貨で、これは鉄でできた二文銭です。背に元とありますので、発行年は1201年と言うことになります。

2005.2.5

清 咸豊通寳

 咸豊通寳の雲南寳州局のものには普通上に何かの漢字があるものが普通のようで、他の鋳局のように満文だけのもは少ないとのことです。

2005.1.16
亀茲 亀茲五銖

 5−7世紀頃に西域にあった亀茲国の五銖です。中国の貨幣の影響を受けた四角の孔があいた円形の鋳造貨幣です。面には五銖と漢字でありますが、背にはその土地の文字があり、トハラ文字Bという文字だそうです。上部の○は1/10銖をの重さ(累と言う単位だそうです)意味する文字、下部の字が50を意味するそうです。亀茲国は現在の庫車(クチャ)だそうで、7世紀に訪れた玄奘は「大唐西域記」で屈支国と表記しているそうです。

2005.1.4

太平百金


太平金百
蜀 太平百金

 蜀の太平百銭が小さくなって、複雑な「銭」の文字を書きにくくなって「金」となって、太平百金となってしまったのだと思います。そうだとすると太平百銭の省略文字版なのかも知れません。銭譜では太平金百はそれの伝形とされています。伝形はエラーですから価格が高いはずですが、購入価格はそうではありません。伝形と言うエラーではなく、太平金百と言う貨幣があったのでしょうか。この辺のことについてご存じの方がおられましたら、お教え願います。(^_^;)

2004.12.2

慶暦重寳


熈寧通寳


政和重寳
北宋 鉄銭3枚

 北宋時代の鉄銭です。何れも銅銭を持っていませんので、・・・・・また、熈寧通寳を除いて、今回入手の鉄銭は(も?)状態が良くありません。

2004.12.2

嘉定之寳


嘉定興寳


嘉定至寳


嘉定永寳
 循読

嘉定正寳
 循読
南宋 嘉定*寳

 中国の貨幣の銭文は開元通寳以来4文字で表し、**通寳、**元寳、**重寳の3種類が主な表記で、その他の表記もあることは知っていると言う程度で現物を見たことがありませんでした。また、何故か知りませんが、嘉定には他の貨幣ではないような表記がいっぱいあると言うことで、今回、その内の5種類を手に入れてみました。何で、この嘉定にはいろんな表記があるのかご存じであれば、お教え願います。

2004.11.23

戸部宝泉局 上戸
清 順治通寳

 背の上に戸とある戸部宝泉局の順治通寳です。背の上漢字のタイプは順治8年から鋳造が始まって、順治10年には漢字+一厘のタイプに変わったために鋳造期間が短く、高価な物が多くて私にはなかなか集められません。11局目です。v(^O^)v やっとですが、・・・・・(^_^;)

2004.9.12
斉 斉明刀 戦国

 戦国時代の斉で使用された形式の刀貨です。「明」と文字が表に記されているため斉明刀と呼ばれる刀貨です。斉明刀は燕の明刀の模倣から始まり、また、燕との貿易通貨としての性格を持つために「明」と言う文字があるのだと思っていました。これを買ってから「中国刀幣匯考」(河北人民出版社、1997)、「先秦貨幣通論」(紫禁城出版社、2001)の関係箇所を見ました(泥縄ですが、・・・(^_^;))。燕の明刀が発行される前の時期の尖首刀が発行されていた時期から「明」の文字が入っていることが分かりました。従って、「明」の文字が入ったのは斉明刀の方が明刀よりも早い時期と言うことになり、従来から持っていた私の認識を変えなければならないように思っています。この辺のことについて情報をお持ちであれば、お教え願います。m(_ _)m
 この斉明刀は観光旅行のついでに9月5日に北京徳勝門の敷地内にある古代銭幣展覧館と言うところで買ってきました。

2004.9.12
山戎 尖首刀 春秋末頃

 この尖首刀の先端が手持ちの中では最も尖っています。これは針首刀とも呼ばれる山戎が発行したもので、針首刀先端の尖り具合が次第に少なくなった後期のものだからです。「中国刀幣匯考」では後期針首刀としています。山戎は春秋時代初期には盛んで、紀元前664年(あるいは663年)に燕に攻め込み、燕が斉に助けを求めるぐらいの勢力を持っていたようです。「先秦貨幣通論」では紀元前475年に趙に攻められたのが針首刀発行の終わりではないかという説を紹介しています。山戎は万里の長城の八達例の北側の地域を支配していたそうです。資料によって、「山戎」と言うのは部族の名前であるとか、地域の名前であるとか、国とかいろいろな表現があってよく分かりません。この辺のことについて情報をお持ちであれば、お教え願います。m(_ _)m

2004.9.12
趙 大陰 戦国時代

 趙の尖足布です。大陰というのは現在の山西省の霍県の南に当たる地域だそうです。いままで手持ちの二つの突足布は半(あるいは分)と言う文字があり、大尖足布の一釿に対して半分の価値であることを示していますが、それがないタイプです。貨幣価値がだんだんと大きなものが出てくるのが普通だと思いますが、一釿の後に半釿の尖足布が出て来るというのは貨幣が一般化してくる過程ということなんだと思います。
 手持ちの尖足布は趙のものばかりで他国のものも入手したいと思っていますが、なかなか機会がなく、趙のものばかり増えていきます。
 北京徳勝門の敷地内にある古銭の露店で買いました。

2004.8.15
清 咸豊通寳

 咸豊通寳の喀什克尓(カシュガル)局當十です。カシュガル局は咸豊5(1855)年(あるいは3年)に設立され、咸豊9年に停止しましたので、どれも高価(私にとってですが、・・・(^_^;))で、咸豊通寳紅銭の最後の一局になっていました。これで6局が揃いました。v(^O^)v 咸豊としては27局目です。

2004.5.27

6.1g 1765年−

5.7g 1770年−

4.8g 1774年−
清 乾隆通寳

 乾隆通寳烏什(ウージー)局の3枚です。公称重さが鋳銭が始まったときの2銭(7.46g)から1銭5分(5.6g)、1銭2分(4.5g)と改定された時期に対応する3枚だと思います。

2004.5.27
遼 乾統元寳

 遼9代目皇帝天祚帝の乾統年間(1101-1110年)の発行。私にとって3枚目の遼の貨幣です。

2004.5.23
西夏 天盛元寳

 鉄製の天盛元寳です。西夏の貨幣は価格が高いのが多いので、これで入手はしばらくお休みでしょうね。(^_^;)

2004.5.22
前蜀 咸康元寳

 前蜀(903-925)2代目帝が咸康元年(925年)が発行した貨幣です。と言うことで、後主鋳と書かれていますが、「後主」と呼ばれる帝がいた訳でなく、後主というのは最後の帝、皇帝の呼び名だそうです。

2004.5.22
遼 大安元寳

 遼8代目皇帝道宗の大安年間(1085-94年)の発行。私にとって2枚目の遼の貨幣です。

2004.4.14
清 順治通寳 背同一厘

 順治10年からは鋳造地を示す漢字を右に、銀との交換比率千分の一を示す「一厘」が左側に書かれています。17局にて鋳造されたそうです。これが17局目でこの一厘のタイプは一応完集です。(^O^)v 残る順治の右漢字とか上漢字は私には入手困難だと思いますので、順治は一段落と言うところかも知れません。(^_^;)

2004.4.10
韓?趙?魏? 平陽

 一般的には、方足布「平陽」は戦国時代(475BC-221BC)趙の方足布とされていますが、平陽という地名は戦国時代には韓、趙、魏、衛、斉、秦の各国にあったそうです。どれが何処とは分かりませんが、取りあえず、陽の日の部分が○、下が丸い日、▽、△となっているのを入手してみました。今回の平陽は▽で、4つ目です。4つの中では一番小さいです。

2004.3.15
趙 ??

 戦国時代(475BC-221BC)趙の方足布には違いないらしいのですが、比較的最近の書籍では、貝地、楡即とされ、古くからは、貝丘とか文貝とかされています。いったい何という文字が書かれているのでしょうね。
 

2004.3.9

漢 小五銖

 漢の小五銖の上横文です。これで、前漢の五銖の一般的なパターンである無印、上横文、下半星の3種類が揃いました。
 でも、小五銖って貨幣なんでしょうかねぇ?この五の形からは宣帝五銖と似ていますね。

2004.3.9

清 咸豊重寳

 咸豊重寳工部宝源局の當五です。前月、偶然のことから宝源局の當十から當百を手に入れましたので、一つの局で小平銭から大銭までを揃えようかと思っていたら、古銭屋さんで見かけましたので、買ってしまいました。
 

2004.2.28
清 同治重寳

 同治重寳當十の工部寳源局です。

2004.2.28



清 咸豊重寳・元寳

 咸豊重寳工部寳源局當十、五十と咸豊元寳工部寳源局當百です。大きな硬貨です。初めての元寳です。v(^O^)v
 この4枚は1枚の咸豊通寳との交換した物なのですが、交換した物の希少性など私には分かりませんので、持っていない物4枚の方が私にはいい選択です(たぶん(^_^;))。

2004.2.22
趙 円首刀

 戦国の趙の円首刀と呼ばれる形式の刀貨です。極めて不鮮明ですが、白刀と書かれているようです(画像からは分からないですが、・・・・・・(^_^;))。

2004.2.22
蜀 直百五銖

 三国時代の蜀の貨幣です。直百五銖の3枚目ですが、背の下に陰字で大(小かも?)とあります。文字の持つ意味も分かりませんが、陰字でいろいろな文字が使われているようですので、一つだけでも手に入れておこうかと思って手に入れました。

2004.2.22
新 貨泉

 銭文は「貨泉」ですが、重さが23.6gで、直径30mmφもあります。その大きさのため「餅貨泉」と呼ばれます。重さで何種類かに大まかに分類できるようで秤量貨幣だったようです。

2004.2.22
呉 大泉五百

 大泉當千とともに入手した初めての呉の貨幣です。29.2mmφ、6.3gあります。額面から言うとそれでも小さいと言うところかもしれませんが、・・・・・・・

2004.2.22
呉 大泉當千

 27.1mmφ、3.7gしかありませんが、これで當千と言うのはインフレですね。上の大泉五百よりも後で発行されたものなのでしょうね。

2004.2.22
東晋 五朱

 東晋の貨幣だそうです。「しゅ」が「朱」です。小さくて「銖」としにくくってそうしたのかな?(^_^;) 私の持つ銭譜によると「沈充五銖」と呼ぶそうです。

2004.2.22
北魏 永安五銖

 錆がきついですが、・・・・・・ 背四決です。(^_^;)  

2004.2.22
北魏 永平五銖

 直径は23.1mmφですが、重さは1.7gしかありません。上の永安五銖と比べると大変軽く同じ国の貨幣とは思えないのですが、・・・・・ 永平(291年)と言う年号があるのでこのときの貨幣なのかな?

2004.2.22
西魏 大統五銖

 西魏の五銖と随の五銖は連続して作られたもので西魏大統五銖は3.7g、随の置様五銖は3g前後が典型的な重さだそうです。これは3.4gとちょうど真ん中でどちらか分かりません。(^_^;) 大統五銖と言って売っているのを買いましたので、取りあえず、西魏の五銖として載せておきます。どちらかお分かりであれば、お教え願います。m(_ _)m

2004.2.22
大理 太官通寳

 雲南地方にあった大理国の貨幣です。なんと錆がきついのでしょうかと言うようなものです。でも、大理国の貨幣は錆びやすい材質なのか、錆びやすい気候風土なのかは分かりませんが、錆のきついものしか見かけません(あるところには当然あるのでしょうが、・・・・・)。

2004.2.22
遼 大康通寳

 契丹人が916年に立てた国、遼の貨幣ですが、高価な貨幣が多くて、取りあえず1枚だけでもと入手しました。

2004.2.22
北宋 紹聖通寳

 北宋紹聖元年(1094年)に発行された貨幣です。

2004.2.22
南宋 建炎通寳

南宋建炎元年(1127年)から発行された貨幣の小平銭です。

2004.2.22

山西寳晋局


山東寳済局
 ??

湖南寳南局


福建寳台局


雲南寳州局

清 同治通寳

 同治通寳の5枚です。はっきり言って上から2つ目は文字の崩れでよく読めません。寳済??と書きましたが、文字の特徴などから何処の局かお分かりでしたら、お教え願います。m(_ _)m 寳済とするとこれで18局まできたことになります。同治通寳は紅銭を入れると26局あるそうですので、各局1枚ずつでもまだ先が遠いです。(^_^;)
 それにしても、いい状態の同治は少ないのか今回の入手では寳晋以外はもう一つ、二つ、三つ・・・・・・

2004.2.22

直隷寳沽局


奉天寳奉局


吉林寳吉局


山西寳晋局


湖北寳荆 局


湖北寳武局


江西寳昌局


江西寳昌局
 ???

湖南宝南局
 ?

廣西寳桂局


貴州寳黔局


四川寳川局


四川寳川局


雲南寳雲局


喀什克尓局
 背喀十

喀什克尓局
 背喀十 満文宝庫
庫車局の代鋳

阿克蘇局

阿十 左満右回文阿克蘇

倣寳雲局

阿克蘇局鋳
清 光緒通寳

 光緒通寳の18枚です。これで光緒通寳の鋳造銭は26局になります。これで各局1枚ずつで言えば未入手局は減りましたがまだまだです。左の上から8番目って宝昌局でいいんでしょうか。(^_^;) 詳しいことをご存じであれば、お教え願います。m(_ _)m

 1回の更新で一気に37枚も追加というのはHP開設以来初めてかもしれません。(^_^)v この半年ぐらいの間に入手して、HPに載せずにいたのを一気に載せました。あと何枚か漢の五銖が残ってしまいましたが、暇を見つけて載せようと思っています。間違いとか、偽物が混ざっているとかに気がつかれましたら、ご指導をよろしくお願い致します。m(_ _)m

2004.2.20
清 雍正通寳

 雍正通寳の四川宝川局の2枚目です。あまり綺麗ではありませんが、・・・・v(^O^)v

2004.2.15

山西寳晋局


湖南寳南局


貴州寳黔局


雲南寳州局
 上日

新疆宝伊局

清 咸豊通寳

 咸豊通寳5枚と言うだけですが、これで26局です。でも、残り3局、宝薊、宝徳、宝済はどれも難しいものばかりで私には無理のようで、・・・・・・・

2004.2.11

直隷薊州局 右薊


荆 州府局 右荆
清 順治通寳

 順治2年から作り始められた背右に漢字のあるバージョンでは12、13局目となる直隷薊州局の背右薊と荆 州府局の背右荆 です。順治通寳ばかり4枚の更新ですが、2003.9以来の入手品です。HPの更新が滞っています。(^_^;)

2004.2.11

山東臨清局 上臨
清 順治通寳

 順治8年から背上に漢字のあるバージョンでは10局目となる山東臨清局です。順治10年からは背漢字一厘が作られますので、入手困難なのが多いです(私にとってはと言うことですが、(^_^;))。

2004.2.11

福建福州府局 福一厘
清 順治通寳

 順治10年からは鋳造地を示す漢字を右に、銀との交換比率千分の一を示す「一厘」が左側に書かれています。17局にて鋳造されたそうで、これが16局目ですが、山西大同鎮局チョット私には無理かも知れません。

2004.1.12
清 乾隆通寳

 光緒年間に喀什克尓(カシュガル)局の委託によってアクス局で発行された乾隆通寳です。背の左右に満文と回文でアクスと書かれて、漢字で喀十と書かれています。何故、光緒年間に乾隆通寳が発行され、しかも、発行鋳造局が代理鋳造と言うことが行われたのか、ご存じであれば、お教え願います。この乾隆通寳を喀什克尓局とすると24局目になり、よく見る銭譜にある鋳局はすべて1枚ずつは揃ったことになります。v(^O^)v

2004.1.12

工部寳源局 大字小乙
清 乾隆通寳

 乾隆通寳の宝源局はありふれた古銭ですが、何故だか乾の文字の乙が小さいものは数が少ないそうです。そんなことは知らなかったのですが、古銭屋さんのカウンター上の箱の中にまとめて入っている中で見つけて入手しました。珍しい書体などにはこだわりませんが、手に入るのはチョット嬉しいです。(^_^)v でも、Yahooか何処かで売っぱらって、何か未入手の古銭でも買おうかとも迷っています。(^_^;)

2004.1.12

新彊庫車局 庫局
清 乾隆通寳

 乾隆通寳の紅銭です。乾隆通寳の庫車局には形式が違うものが何種類かあるのですが、何故なんでしょうね?「新疆銭幣」には1878-1883年に鋳造されたものとあります。背には漢字で庫局と書かれ、左には満文で宝、右には満文で庫車と書かれているそうです。
 

2003.11.29
戦国時代 平陽

 私にとって、3枚目の平陽です。これまでは「陽」の「日」劃が丸いものと下の部分が丸い日の2つを持っていましたが、これは△となっています。
 「先秦貨幣研究」によると、平陽という地名は戦国時代の韓、趙、魏、衛、斉、秦の各国にあったそうで、この形式の方足布を発行していたのは韓、趙、魏の三ヶ国と考えられるそうです。「先秦貨幣通論」では「陽」の日が下が丸い日で表されているものは趙、三角(△)で表されているものは韓としています。「燕下都東周貨幣聚珍」では全て趙の方足布の項で説明しながらも、方足布の流通域内に趙の地域内の現在の河北省臨ショウ(さんずいに章)県西南部、山西省臨フン市西南部と魏の地域内の河南省滑県に平陽という地名の場所があったとしています。韓なのか、趙なのか、魏なのか、鋳地はいったい何処なんでしょうね?

2003.11.14
古代インドマガダ国の銀貨

 古代インドマウリヤ朝マガダ国(紀元前3−1世紀)の銀貨で、カルパシャナと呼ばれるそうです。長方形の銀の板の角を切り取ることによって重さを整え、5つの刻印が片面に付けられています。この銀貨の表に天地左右の見方の区別があるのかどうかも分かりませんので、ありましたら、お教え願います。m(_ _)m 私にとって1個しかないインドの貨幣で載せておく場所もありませんので、「古銭関係リンク」飾りとして掲載しておきます。 (^_^;)

2003.10.15
成(漢) 漢興

 五胡十六国の一つ成(漢)(304−347)の貨幣です。状態があまりよくなく画像では読めないかもしれませんが、縦に漢興と二文字が書かれています。興漢年間(338-343)の鋳造で中国史上初めて年号が銭銘に使われた貨幣かもしれないそうです。

2003.10.15
内郭五銖

 南北朝の梁、陳、あるいは北周の五銖とされるものです。私には何処の五銖か分かりません。まあ、この時代の各国で五銖が作られていたと言うことは分かりますね。この時代になると面も背も穴の周りが厚くなっている郭と呼ばれる部分が五銖にもできていますね。何処の国のものかはっきりしているとかの情報がありましたら、お教え願います。m(_ _)m
 売っていた人は陳五銖と言って売っていましたので、陳のところに並べておきます。(^_^;)

2003.10.15
隋 白銭五銖

 隋の五銖です。これで置様五銖、白銭五銖、随五銖と言われる隋の時代の3種類の五銖銭が揃いました。(^O^)v

2003.10.11
清 乾隆通寳

 新彊阿克蘇(アクス)局は1761年に設置されましたが、65年には烏什に移設されてしまい、阿克蘇局での鋳造は短い期間で終わってしまいました。嘉慶4年には再び戻ってきました。乾隆通寳阿克蘇局は乾隆年間だけでなく、その後も鋳造されましたので、多数存在しますが、乾隆年間に鋳造された乾隆通寳はこのタイプ(と言っても、マ頭通、コ頭通と何種類かありますが、・・・・)のものです。どういう経緯で嘉慶以降も乾隆通寳が造られたのかご存じであれば、お教え願います。m(_ _)m

2003.10.11
清 光緒通寳

 打製銭の廣東寳廣局です。よく見るものより小型の物です。

2003.10.1
清 宣統通寳

 打製の福建寳福局です。これで、清朝最後の穴銭は5局が揃いました。手持ちの銭譜には5局しか紹介されていませんので、穴銭で各鋳造局の物を揃えるという意味では完集です。v(^O^)v

2003.10.1

山西寳晋局


陝西寳陝局


湖南宝南局


新彊伊犁(イリ)局
清 道光通寳

 今回の4局で20局となり、各局1枚ずつ揃えるという意味では完集です。v(^O^)v

2003.9.10

開慶通寳
 背元 1259
南宋 開慶通寳

 久しぶりの南宋の貨幣です。v(^O^)v 他に淳熈元寳(背十、十五)2枚と淳祐元寳(背十二)1枚も同時に入手しましたが、とりあえず省略。(^_^;)

2003.9.7

陝西寳陝局


甘粛寳鞏局


四川寳川局


雲南寳東局

清 咸豊通寳

 安価なものばかりですが、新規入手の鋳局の咸豊通寳4枚です。これで紅銭4局を含めて22局、後、7局です。でも小平銭各一枚だけでも先は遠い?!

2003.8.27

連治水


無背マ頭重点通


上陽
清 順治通寳

 連治水は呼ばれる「治」の三水偏の2画目と3画目がつながって書体となっています。瀋陽鋳造と推定される清朝が本拠地を北京に移す前の順治通寳だそうです。
 無背マ頭重点通は北京に清の本拠地が移ってからの順治通寳だそうです。
 上陽は山西陽和鎮局で作られたものです。

 これで、2003年1月以降に手に入れた古銭のHP掲載に一応(董卓無文小銭と言っていたのとか、埋葬銭らしき小さな半両など何時の時代かもはっきり分からないのが10枚ちょっとあるのですが、まあ、半両とか、五銖とかのページを作るまで、お蔵入りだと思います)ケリがつきました。v(^O^)v
 後は2002年8月から2003年5月までに手に入れたカナダの現行貨のページでも作ろうかと思っています。タイプ別で100種類を越えますので、全部やるのは大変そうですが、・・・・・・(^_^;)

2003.8.22
燕 尖首刀 春秋戦国時代

 春秋時代の終わりから戦国時代の初めの頃の燕の尖首刀です。文献2に示されている拓との照合では燕の尖首刀の初期の形と一致しています。文字は見あたりません。残念なことに郵送の途中で柄の部分で折れてしまい接着剤のお世話になっています。(T_T) でも、いいんです。コレクションとしての価値はガクンと落ちますが、歴史資料としての価値には大きな変化はないと思いますから、・・・・・(強がりです(^_^;))

2003.8.22
楚 蟻鼻銭 金

 春秋戦国時代の楚の貨幣です。文字は「金」と凹んだ形で書き表されています。私にとってこれが6種類目の蟻鼻銭です。

2003.8.22
南北朝 宋 四銖

 初めての南北朝時代の南朝の宋の貨幣です。(^o^)v

2003.8.22
南北朝 陳 太貨六銖

 南北朝時代の南朝の陳の貨幣です。なかなか立派な貨幣です。(^O^)v

2003.8.22

左はね元



唐 開元通寳

 開元通寳の元の1画目の向かって右側に跳ねがあります。日本では「左跳元」と言うそうですが、ピンときません。まあ、それだけ私が古銭に親しんでいないと言うことかもしれませんが、・・・・・(^_^;)
 画像ではよく分からないですが、開元通寳です。(^_^;) 鉄銭が唐の時代のものかどうか分かりませんが、手持ちの銭譜には唐の所にありますから、と言うことで、唐の所に置いておきます。何方か鋳造時期についての情報がありましたら、お教え願います。m(_ _)m

2003.8.22

背閩 鉄

背閩 鉛

背福 鉛
五代十国 閩 開元通寳

 現在の福建省の辺りにあった閩と言う国の開元通寳です。鉄銭、鉛銭と何れも青銅貨ではありません。まあ、鉄銭はこれくらいの大きさの開元通寳というものがあったという程度しか認識できないものですが、・・・・・(^_^;)

2003.8.22



背邑 鉛
五代十国 南漢 乾亨重寳

 五代十国の南漢の貨幣2種で、私にとって初めての南漢銭です。(^o^)v

2003.8.16


清 天命通寳

 天命通寳は清朝がまだ中国東北地方のみを支配地域として、金と言う国名(古い時代の金と区別するため後金と呼ばれています)を名乗っていた頃の貨幣です。

2003.8.16
清 雍正通寳 甘粛寳鞏局 不出頭宝

 背満文の宝の字の上が尖っていますが、真ん中の線が突き出てはいません。銭譜では縁の幅で主な分類がなされているようですが、売っていた方の分類で、・・・・・・(^_^;) こんなことよりも、「清朝銭譜」や「清朝銭図説」にはこのような大きな爪の付いたマ頭通が出てないのですが、・・・・ まあ、個人的には何かの都合で譜外品が当たったのかなあと言うところです。(^_^)v まさか偽物ってことはないと思うのですが、そうだったら教えてね。(^_^;)

2003.8.16


清 嘉慶通寳 伊犁(イリ)局

 嘉慶通寳の19局目です。各局1枚ずつ紹介されているような手持ちの小さな銭譜では19局が紹介されていますので、これで嘉慶通寳も各局1枚ずつという意味では、取りあえず完集。
v(^O^)v

2003.8.16

直隷寳直局


甘粛寳鞏局


廣西寳桂局


清 同治通寳

 同治通寳は安価なものばかりだと思いますが、とりあえず持っていない鋳局と言うことで、・・・・13局になりました。(^_^)v と言っても、20〜21局あるそうですから、何時になったら、いや、何時になっても集まらないかもしれませんが、地道に局数を増やしていきたいと思っています。

2003.8.14

吉林寳吉局(直隷寳薊局?)
 打製

江蘇寳蘇局
 打製

浙江寳浙局
 打製

湖北寳武局
 打製

福建寳福局
 打製

福建寳漳局
 打製

光緒戊申
 庫車局 新十

庫車局
 背満回文宝庫 新十

庫車局
 背満回文宝庫 庫十

喀什克尓局
 背満文宝庫 喀十
庫車局の代鋳

清 光緒通寳

 光緒通寳の追加は昨年3月以来になります。安価なもので未入手の局のものがいっぱいあるのですが、縁がなく(安すぎて単品で売っているのを見かけないのですが、・・・・(^_^;))、入手できずにいます。今回のものは、清朝でプレス加工によって作られた最初の頃の貨幣6枚と新彊庫車局で鋳造された光緒4枚です。
 光緒通寳の打製銭はこれで8局になりました。と言っても、光緒通寳の打製銭は16局で発行されたそうですから、半分です。一番上の吉林寳吉局(直隷寳薊局?)とした物の背の右の満文は光緒通寳の鋳造銭以前の宝蘇局の「薊」と同じ文字ですが、清朝銭譜、中国元明清古銭図鑑、The Asian Numismatic Museumでは、宝吉局としており、中国古銭目録では宝薊局としていました。多数決で決まる問題ではありませんが、宝吉局なんでしょうね。
 庫車局は光緒年間の新彊では最も多く貨幣を発行した鋳造局だそうです。それも関係してでしょうが、たくさんの種類があるようです。

2003.8.13

雲南寳雲局
 上山

雲南寳雲局
 上(石共)

烏什局
 庫十

清 宣統通寳

 清朝最後の宣統通寳です。雲南省と新彊省で作られた貨幣です。
 宝雲局の背の上に書かれている文字の意味を知りませんので、お教え願います。(石共)は石偏に共の一文字です。
 烏什局が庫車局に代わって鋳造したと言うことで、満文と回文で「烏什」と書き、漢文で「庫十」と書かれているようです。

2003.7.8

山東寳済局


福建寳台局


清 乾隆通寳

 2003年6月初めまでの10ヶ月間カナダに滞在する機会があり、古銭のページの更新も止まっていました。その間にも僅かですが古銭を入手しましたので、順次掲載したいと思っています。取りあえず、3個だけの追加です。
 清朝銭では最もありふれた(?)古銭ですが、未入手の鋳局でした。これで手持ちの銭譜にある局は揃ったように思いますが、他に小さな銭譜では省略されているような局があるのでしょうか。あったら、お教え願います。m(_ _)m

2003.7.8

日本 箱館通寳

 久しぶりの日本銭ですが、まだ、日本銭のページを作っていませんので、「古銭関係リンク」飾りとして掲載しておきます。 (^_^;)

2003.1.22

清 宣統通寳 広東宝広局

 清朝最後の宣統帝の時代の穴銭ですが、プレス加工によって作られています。直径17.0mm、1.134gしかありません。
 頂き物ですが、仕事で2002年8月にカナダに来て初めての穴銭入手です。これまでの画像はスキャナーですが、手元にスキャナーがなく、接写デジタルカメラもないため少し不鮮明です。
 銭譜や他のHPにあるものと書体が違うとのお知らせを頂きましたので、「疑問品」とさせて頂きます。宣統の打製銭にも書体の違うものがあるよ、とか、模造品だとかの情報がありましたら、よろしくお教え願います。m(_ _)m (1.23)

2002.9.17
明刀 戦国中期 燕 

 戦国時代燕の明刀です。明刀の背に鋳造所を表す「右」「左」の文字が入るようになるちょっと前のもので、面の「明」の文字も縦長です。前期の形式のものは少ないですが、これで大まかな明刀の時代的変化について物で示せるようになりました。(^_^)v
 前回の更新からだいぶ日が経っていますが、仕事の関係で8月初旬よりカナダに来ています。この明刀と下の乾隆通寳は日本を発つ少し前に入手し、画像の取り込みのみをしていましたので、ここに追加できましたが、当分の間(と言っても2003年6月初めまで)新規入手もなく、古銭の追加はないかもしれません。(eBayか何処かで入手しだしたら、分かりませんが、・・・・・(^_^;))

2002.9.17

清 乾隆通寳 新彊叶尓羌(ヤルカンド)局

 清朝が西域を支配下に置いて最初に発行した乾隆通寳で、1760-61年の発行です。背の右側には回教文字でヤルカンド、左側にはヤルキムと満州文字で書かれているそうです。左右の文字が違ってしまっているのは新しく言語も違う地域を支配下に置いて現地の地名を音訳する際に間違いが生じたためだそうで、1761年からは満州文字、回教文字共にヤルカンドと記した乾隆通寳が発行されました。

2002.7.14
戦国秦 半両

 戦国時代の秦の半両と言うことで初めて購入しました。今のところですが、私の手持ち最大の半両と言うことになります。(^_^)v 今までここで載せていた戦国秦の半両と言って載せているのは、漢の半両と言って出品されていたeBayの落札品などです。

2002.7.14
南唐(937-975) 開元通寳

 五代十国の一つ南唐で発行された開元通寳の隷書体の物だそうです。篆書とペアですね。

2002.7.9
唐 乾元重寳

 唐の時代に一文銭である開元通寳に対して五十倍の貨幣価値のある貨幣として発行されたのが乾元重寳で背が重輪となっています。直径は34.8mmφです。ただ、五十文の貨幣としては受け入れられず、同時期に発行されていた開元通寳は唐という国を越え、時間を超えて発行されたのに比べると短命であったようです。

2002.7.9

西夏 天盛元寳

 私にとっては西夏の初めての銅貨です。

2002.7.9

明 永昌通寳

 明と言っても清が成立後です。李自成が発行した貨幣です。

2002.7.9
清 順治通寳 背東一厘

 清朝の山東省局発行の順治通寳の背東一厘です。順治通寳の背東一厘は一枚持っていましたが、銭径も小さく、薄く、割れもありました。それで、入手の機会がありましたので、入手してしまいました。(^_^)v

2002.7.9

清 嘉慶通寳

 手持ちの直隷寳直局は小学生の頃に生家の床下で拾った物で私最初の清朝銭でしたが、豆銭で欠けなどがある状態がよくない物でしたので、買いました。と言っても、120円でした。(^_^)v

2002.6.16

前漢 郡国五銖? 穿上三角

 前漢の郡国五銖と言うことで購入しましたが、何処でそう見分けるのかよく分かりません。(^_^;) 特徴としては、穿上に三角があり、重さは4.88gもあります。前漢武帝元狩5年(紀元前118年)から5年間にに発行されたもので、唐高祖武徳4年(621年)まで続いた五銖という名前の貨幣の最初のものです。
 今回、五銖を6枚入手したのですが、よく分類も分かりませんので、これを含め分類に間違いがありましたらお教え願います。

2002.6.16

前漢 赤側五銖 下横文

 前漢の赤側五銖だと思います。特徴としては下横文で、銖の上に「ノ」のような模様か文字か分かりませんがついています。重さは4.16gです。

2002.6.16

前漢 赤側五銖? 面四決

 前漢の赤側五銖だと思うのですが、・・・・・面に四決があります。重さは4.74gです。

2002.6.16

後漢 四出五銖

 後漢末期の四出五銖と呼ばれる五銖です。背の郭から四方に筋が付いています。重さは3.64gです。前漢の五銖に比べるとおよそ1g軽く、薄いです。

2002.6.9
清 雍正通寳 江西南昌府局

 雍正通寳は15ヶ所で発行されたそうで、これで15ヶ所完集 v(^_^)v。
 

2002.6.9


清 康熈通寳 湖南長沙府局

 康熈通寳は22ヶ所で発行されたそうです。湖南長沙府局は紅銅質の小ぶりの物しか持っていませんでしたが、今回一気に2個も入手できました。(^_^)v

2002.6.9
直隷密云鎮局 右云


山西大同鎮局 右同


山西陽和鎮局 右陽


陝西西安府局 陝一厘
清 順治通寳

 順治通寳背右漢字は14ないし15ヶ所で発行されたそうです。今回の3枚で11ヶ所まで来ました。(^_^)v と言っても、残りは私には無理なような気もしますが、同一局の文字の変化を追うよりはまずは各局1枚ずつを目標にゆっくりと行きたいと思います。
 背(漢字+一厘)も17局中15局まで来ましたが、これも残りが、・・・・・・と言うところだと思います。

2002.6.5
山西太原局 右原


山東臨清局 右臨


直隷宣化鎮局 宣一厘


山東陽和鎮局 陽一厘


浙江杭州府局 浙一厘


江西南昌府局 江一厘
清 順治通寳

 清朝の順治通寳6枚です。
 背右漢字はやっと8局ですので、先は長いですが、少しずつ・・・・・・
 背漢字+一厘の物は17ヶ所で鋳造され、14ヶ所分が揃いました。後残りは山西大同鎮局、陝西西安府局、福建福州府局の3つですが、陝西西安府局は出会えさえすれば入手できると思いますが、後2つはお金が、・・・・・・
 背江一厘以外は錆が強くチョットと言うところですが、価格的には納得できる値段でしたので、・・・・・

2002.6.4
壌陰 戦国 魏? 趙?

 文献によって魏あるいは趙とされています。「陰」を「こざとへん+全」と表すのは燕の差陰と同じです。魏の方足布は1個しか持っていないので2個目と思って購入しましたが、別も文献を見たら趙とあり、どっちなんでしょうか。
 鋳造地がはっきりしないのが多いですが、鋳造地を地図の上で示すようなページを作りたいと思っているのですが、なかなかできないですぅ・・・・・(^_^;)

2002.5.16

乾隆通寳
叶尓羌局

咸豊通寳
阿克蘇局 當十

同治通寳
阿克蘇局 當十

同治通寳
叶尓羌局 當十
清 紅銭

 清の西域で作られた紅銭と呼ばれる古銭4枚です。叶尓羌(ヤルカンド)局は乾隆24ないし25年に開局しましたが、26年までは背の右に満文でヤルキム、右側に回文でヤルカンドと書かれたものが発行され、26年からは背の右の満州文字もヤルカンドと直され、乾隆33年に発行を停止してしまったそうです。叶尓羌局は咸豊4年に再開され、同治年間の最初の頃まで発行が続き、下の同治通寳はそこでの発行によるものですが、右の回文の書体がかなり違います。ヤルカンド局の漢字表記は叶尓羌局と葉爾羌局の両方が見られます。因みに、ヤルキムの漢字表記としても葉爾奇木、叶尓奇木の二つが見られます。
 咸豊と同治の阿克蘇(アクス)局は各時代のものの代表的なものだけでも揃えようと入手しました。背の右側の回文によるアクスの文字も時代によって徐々に変化して行っています。

2002.5.1
清 乾隆通寳

 戸部寳泉局の万選銭、27.3mmφです。
 いかにも短いコメントですが、出てきませんでした。(^_^;)

2002.5.1
重点通


単点通
明 利用通寳

 時代として「明」と書いた直後に書くのも変ですが、北京を支配していたのは「清」です。でも、この貨幣は清の成立に協力し、平西王として雲南に封じられていた呉三桂が1673年(康照12年)清朝に反旗を翻し、周王を宣言し発行した貨幣です。と言うことで、のページに掲載しました。
 背の右に厘の文字があります。

2002.4.25
仙臺通寳

 江戸時代の鉄銭の地方貨です。Yahooで280円での落札ですから、高価な古銭ではありませんが、手に入れる機会が今までなくて、持っていませんでした。また、日本の貨幣を載せるページをまだ作っていませんので、古銭関係リンクの飾りとして、載せています。

2002.4.8
河南河南府局 右河


浙江省局 上浙
清 順治通寳

 背右河と背上浙です。右漢字の順治の6局目と上漢字の8局目です。まだまだ両形式ともにたくさん残っています。(^_^;)
 上の背右河のさんずい偏の三画目が短い点で現されていて、「短水」と呼ばれるものだそうです。

2002.4.5


背為

蜀 直百五銖

 三国志で有名な劉備が建国した蜀の貨幣です。それまでの時代に一般的であった「五銖銭百枚に相当する」と言う意味の銭銘となっています。上の直百五銖は建安十九年(西暦214年)からの発行で、下の背為は蜀が北の魏と戦うために後方の憂いを絶つため平定した益州[牛建]為郡で発行された貨幣であることを示しています。ここを平定後に魏との大規模な戦闘をして、諸葛亮(孔明)の五丈原での死亡に伴って、魏の勢力が強くなり、その様子を知った卑弥呼が魏に使いを出したと言うことで、「風が吹けば桶屋が儲かる」式ですが、日本との関係がある貨幣と言うことになります。(^_^)v

 

2002.4.5 唐 乾元重寳

 乾元重寳の背重輪です。乾元重寳は50文の貨幣として発行されながら、受け入れられず、貨幣価値を下げ、一文銭の大きさになりながら、当初の背が二重になっている特徴を残しているものです。もっと大きな大きさで背が二重になっていないものとの関係などは調べて分かったら書かせて頂きますが、ご存じであればお教え願います。m(_ _)m

2002.4.5 大理(937-1253) 弘治通寳

 大理(だいり/ターリー)は中国雲南省西部に位置する交通の要所大理を中心に栄えたタイ族の国、白蛮(タイ系のペー族)出身の段思平が937年に建国して、11世紀末に一時中断するも、元の世祖フビライの攻撃で滅ぼされるまで存続した。
 でも、これが大理の貨幣かどうか自信がありません。(^_^;) 詳しくご存じの方がおられましたら、お教え願います。m(_ _)m

2002.4.5 南明 裕民通寳

 広東を支配地域とした靖南王(福建)の耿継茂・耿精忠が裕民年間(1674-1676)に発行した貨幣。

2002.3.30
背一銭


背浙


背福

明 洪武通寳

 明の洪武通寳の背一銭、浙、福の3種です。

2002.3.30 明 永暦通寳 背壹分

 明の洪武通寳の背壹分で、直径36.0nnφです。背壹分では小型の物です。

2002.3.23 前蜀(903-925) 天漢元寳

 五代十国の一つ前蜀の天漢元寳です。王建天漢元年(917年)鋳造だそうです。かなり錆がひどくって文字も読みにくいのですが、・・・・最近、「蜀」の付く時代と言うか国の名前の貨幣が続いています。(^_^;)

2002.3.23

南唐(937-975) 唐國通寳

 五代十国の一つ南唐の唐國通寳の真書です。李m保大年間(957-959年)鋳造だそうです。唐国通寳には真書と篆書があり、真書の方が少ないそうです。

2002.3.15 後晋 天福元寳

 五代十国の中の後晋(936-946)の貨幣です。高祖天福3(938)年からの発行のようです。10年ほどしか続かなかった国でどれも高価なので(主観によってだいぶ違うと思いますが、・・・・)、欠けた安価なものを購入しました。(^_^;) 五代十国の時代には「天」の付く貨幣が多く発行されましたので、天字銭と纏めて呼ぶ呼び名があるようです。

2002.3.15


斜立靖

明 嘉靖通寳

 明の貨幣です。珍しいものでも何でもありませんが、持っていませんでしたので、・・・・まだ、各代の貨幣も揃っていないので各銭文について1枚ずつでも揃えていくつもりです。
 下のは靖の立偏が斜めになっています。誰の字なんでしょうね。

2002.3.14
山西太原府局 上原


福建福州府局 上福


山西太原府局 満漢原


清 順治通寳

 清朝期の古銭8個を重品の中からメッチャ安価で譲っていただきました。(^_^)v
 上漢字の順治通寳はこれで7局となりました。
 満漢原は28.8mmφあり、私の手持ちの清朝銭で最大径です。1つのカテゴリーで括られる古銭を揃えることを「完集」と表現しますが、この順治通寳背満漢字12局揃えは私にとって初めての完集です。v(^O^)v これまで、バラバラと入手しているために何か完集と言える物がありませんでした。(^_^;) まあ、これが完集と言える中では最も安価かもしれませんが、・・・・・・

2002.3.14
満字行書


満字草書

清 康熈通寳 江西南昌府局

 康熈通寳の背満漢江の満字には3種類があって、今までは背満字楷書しか持っていませんでしたが、今回、行書、草書と言われる物を入手しました。今までその存在しか知らず意識していませんでしたが、草書と言われる文字は下の一画が曲線でありますが他の画は草書とはおよそかけ離れた印象ですね。(^_^;)
 これも康熈通寳満漢江の3書体完集と言えるのかもしれません。(^_^;)

2002.3.14
甘粛宝鞏局


四川宝川局

清 雍正通寳

 雍正通寳の甘粛宝鞏局と四川宝川局の2個です。あと残りの鋳銭局は宝昌局のみとなりました。(^_^)v 四川宝川局は稀少局で本来私が手に入れられる物ではないのですが、割れや鋳不足による文字の欠けもありますので安価に手に入れました。

2002.3.14
回文銭(庫車熱西丁銭)

 少し下に示してある回文銭の下の方とよく似ていますが、背の下の文字の上側に二点あるうち右側の点がない点が違っています。その他の相違点は下の物より錆落としのために傷だらけになっている点です。(^_^;) よく分かりませんが、新彊紅銭大全図説によると面郭下の文字の右側の点がないのは結構稀少なようです。別に点のない回文銭と知って入手したのでなく、偶然の産物なのですが、・・・・

2002.2.8

前蜀(903-925) 乾徳元寳

 五代十国の一つ前蜀の貨幣です。王衍の乾徳年間(919-924年)の鋳造です。

2002.2.3
庫車熱西丁銭


庫車熱西丁銭

回文銭(熱西丁銭)

 清朝同治3年(1864年)6月から同治6年(1867年)6月まで庫車、阿克蘇を含む新彊では回教徒による反乱(清朝からの独立?)があり、それまでの清朝銭に代わって回文のみで書かれた貨幣が鋳造されました。2個共に庫車で鋳造された物であり、背に回文でそう書かれているそうです。

2002.1.24
燕 尖首刀 戦国時代

 刃先の尖り具合が手持ちの物より少ない、時代的には新しい尖首刀です。文字が錆とともに削り取られていて、ほとんど判読できないのが残念です。

2002.1.24
燕 尖首刀 戦国時代

 刃先の尖り具合が上のものよりより少なく、時代的には更に新しい尖首刀です。燕のものとすると(その可能性が高いと思いますが、・・・)明刀が現れる前の時代になります。これも文字が錆とともに削り取られているのか、はたまた、もともと無文なのかが分からないのが残念です。

2002.1.15
燕 平陰 戦国時代

 戦国時代の各国での漢字は秦での漢字に統一された以後の文字とは少し違う形のものであった見本として購入しました。右側の「平」の文字の右下に「土」の様に見える劃があり、「差」と言う文字に比定される本もあります。左側の「陰」のこざとへんに「金(と言っても、全に点4つ)」で現在の文字とかなり違います。

2002.1.15
戸部寳泉局
 万選銭 円頭宝

清 宣統通寳 円頭宝

 清末の宣統通寳の万選銭です。でも、23.8mmφしか直径がありません。摩耗の跡もなく、ほぼ未使用の貨幣だと思います。まあ、発行後すぐに清朝は崩壊して中華民国が成立してますからね。これで、通用銭と万選銭の宝泉局の円頭宝と出頭宝が揃いました。

2002.1.14
太平百銭 小様


定平一百


定平一百 小様


直百


直百 小様

三国 蜀?呉???

 三国時代の貨幣です。でも、何処の貨幣かは見る本によって違っていて、太平百銭についても、漢末期の五斗米道の張魯、蜀昭烈帝、呉の孫亮の太平元年(256年)、晋の恵帝永康元年などとバラバラです。どの時代の何処の貨幣かも知らずに買うのも無責任な話ですが、三国から南北朝の貨幣は北朝の幾つかの国のを持つだけだったので、手に入れてしまいました。どの時代の何処の貨幣かについての最新の情報がありましたら、お教え願います。太平百銭は呉の貨幣であれば、年号を貨幣の名前に持つ最初の貨幣になるそうです。
 でも、折角、蜀の貨幣を手に入れるのであれば、劉備が発行した直百五銖が欲しいですね。次の機会には是非、・・・(^_^;)

2002.1.14
前蜀(903-925) 光天元寳

 五代十国時代の南方の十国の一つ前蜀の貨幣です。光天元年(918年)初鋳の貨幣だそうです。「蜀」の字が付く国の貨幣と言うだけで上の三国時代のものと一緒に買ってしまいました。(^_^;)

2002.1.14
治平通寳 1064 篆書


元符通寳 1098 篆書

北宋銭2枚

 安いものですが、抜けていましたので、・・・・(^_^;) と言ってもまだいっぱい安いものも残っていますが、・・・・・目にしたら、買い足していきたいと思っています。

2002.1.14
戸部寳泉局 重点マ頭通


戸部寳泉局 重点コ頭通


戸部寳泉局 ス貝宝


直隷寳直局


清 咸豊通寳 鉄銭4枚

 清朝銭の鉄銭の2回目の入手です。珍しいものではありませんが、咸豊の宝直局は持っていませんでしたので、・・・・・・

2002.1.14
清 乾隆通寳

 清の乾隆通寳の新彊阿克蘇(アクス)局です。背の右側の回文のアクスと言う文字の書体から嘉慶年間に鋳造された物ではないかと思います。阿克蘇局では乾隆通寳は光緒年間まで作り続けていたようですが、何故、新彊では皇帝の代が変わっても古い時代の銭文を持つ貨幣を作り続けていたのでしょうね?

2002.1.14
太平天国 背縦聖寳

 清末の太平天国で発行された貨幣です。

2002.1.8
戦国 斉 斉法化

 戦国時代の斉の貨幣です。これで戦国時代の主な国の貨幣がほぼ揃いました。v(^o^)v とにかく大きな貨幣です。

2002.1.5 戦国(475BC-221BC) 趙 晋陽半

 2つ目の尖足布です。半は半釿の半で、釿と言う貨幣単位の半分の額面の貨幣であることを示しています。半の字の付いていない大きな突足布も欲しいですが、私には当分手に入れることは無理だと思います。

2002.1.5 清 天命通寳

 清を築いた満州族のがまだ中国の東北部を支配地域として後金と称していた頃に発行した満州文字による貨幣です。天命皇宝とか天命汗銭とか本によって呼び名が違いますが、手近な本の呼び名を上げておきます。

2001.12.29 前漢 小五銖 下半星

 新を建てた王莽が漢の実権を握った頃に造った五銖だと思います。何で五銖には上横文、下半星、何もないのの3種類があるんでしょうね。ご存じであれば、お教え願います。

2001.12.29
江蘇江寧局 満漢江


湖廣武昌府局 満漢昌


河南省局 満漢河

清 順治通寳 3種

 順治通寳の背満漢文3種です。背に鋳造地を示す満文漢文がある順治通寳は順治14年から12カ所で鋳造されたそうで、これで残るは「原」一つとなりました。

2001.11.25 清 康熈通寳 福建台湾府局

 あまり綺麗なものではありませんが、初めての康熈通寳の台湾府局のものですし、何と言っても価格が100円と安かったです。v(^o^)/~~

2001.11.25 清 康熈通寳 工部寳源局

 今まで目にした康熈通寳で一番小さいような気がしましたし、豆銭の割には文字もはっきりしているように思いましたので、つい買ってしまいました。直径17.9mmです。

2001.11.25 後周(951-960) 周元通寳 背左星

 背左星って何か変わっているな?と言うだけで買ってきてしまいました。(^_^;) どういう位置づけになるのか分かりません。どなたかご存じであればお教え願います。

2001.11.22
銅製貝貨

 天然貝から金属製の貝の形を模倣した貨幣です。殷(商)の後期より使われだした世界最古の金属貨幣です。今回は重複もあるのですが、この銅貝と石貝が欲しくって、Yahooで応札してしまいました。(^_^;)

2001.11.22 石製貝貨

 以前購入した石貝は滑石か何かで爪を立てると割れるような材質でしたので、とうてい貨幣とは思えず(価格だけで見ずに買った自己責任なのですが、・・・(^_^;)、今回また、買ってしまいました。今回はしっかりと石といえる強度を持っています。それでも貨幣であったのか、副葬品の名器であったのはわかりませんが、取りあえず、貨幣であった可能性があるものとしてget!

2001.11.22 陶製貝貨

 以前から持つものより硬い焼きの陶器ですが、チョット貨幣とは思えない堅さですので、副葬品の名器だと思いますが、今回は貝貨のセットものを購入したので、おまけで付いて来たようなものです。

2001.11.4  古銭の購入をしたわけではなく、春秋戦国時期の貨幣についての書籍を何冊か購入して、その中から蟻鼻銭に書かれている文字についてまとめたページを作りました。
 蟻鼻銭とは直接関係ありませんが、秦による中国統一以前の各国の文字は微妙に違っていて、当たり前のことですが、現在につながる文字はやはり秦で使われていた文字であることも分かりました。(^_^;)
2001.10.27 漢 八銖半両 33mmφ

 漢の八銖半両を3枚入手しました。別にどうというものではありませんが、これは文字が大きいですよね。

2001.10.3
背右上?


背一魚

 戦国中期 燕

 「明」の字がある明刀と呼ばれる戦国時代の燕の刀貨です。明刀としては、7本目、8本目となる入手です。上の明刀の背には「右」ともう1文字不明な文字(記号?)があります。右の文字が綺麗なものを持っていませんでしたので、買ってしまいました。下の明刀は、銭譜によるとこの形式の明刀が発行されていた時代には全て「右」あるいは「左」の文字があるはずなのですが、これには不明な文字が1文字あるだけです。これは何だ?と言う感じで買ってしまいました。ひょっとしたら、背の文字に右あるいは左以外の文字が再び使われだした最初の頃の明刀かもしれません。2本ともですが、背の文字について情報、それに限らずこの形式の明刀の発行時期などについての情報がありましたらお教え願います。
 下の明刀について背文字は「一魚」との情報を頂きました。「先秦貨幣通論」では明刀の背文字が網羅的に数百種類上げられているのですが、そこには同じ背文字はなく、「右魚」「左魚」と読める物は挙げられていて、読み方不明とされていました。また、「中国刀幣匯考」では背文字「魚」が斉明刀の項に挙げられていました。と言うことで、下の明刀の背文字は「一魚」だと思います。(2002.1.22)

2001.9.15 大型骨製貝貨

 中国上海の豫園の古銭屋さんで見かけて買ってきました。別にどうという訳ではありませんが、標準的なものより少し大きめで、36.1mmあります。
 8/28〜9/4の今回の中国旅行では古銭を18個買ってきました。購入価格の最低は、康熈通寳宝泉局1.5元、最高は順天元寳160元でした。

2001.9.15 安陽 戦国 燕

 戦国時代の燕の方足布です。文字は「安陽」あるいは「陶陽」とする本がありますが、新しい中国の銭書をみると「安陽」ですので、「安陽」なんだと思います。「安陽」は現在の河北省完県にあたるそうです。背には左側に「右」の文字がありますが、右側に右、左側に左の文字があるのが正しい位置で、これは位置を間違えたもののようです。
 湖南省長沙市の骨董街にある康巨峰と言う方の古銭店で購入しました。

2001.9.15 順天元寳 背上月 唐(燕) 36mmφ

 唐代の安史の乱で、安禄山の反乱軍は洛陽を占領し、国名を燕としました。その後、安禄山−安慶緒−史思明と安史の乱の指導者が代わり(2回とも殺害による交替)、史思明は年号を順天として、西暦759年、貨幣を鋳造しました。762年には安史の乱が終わっていますので、長くても足かけ4年間の鋳造期間だと思います。それ以上の知識は持ち合わせていませんが、背の記号には上月、上月孕星、上月下星と3種類あるようです。もちろん、背上月は最も安価な物です。
 湖南省長沙市の骨董街にある康巨峰と言う方の古銭店で購入しました。

2001.9.15
康熈通寳 戸部寳泉局 ス貝宝・出頭宝


嘉慶通寳 戸部寳泉局 万選銭 29.7mm


道光通寳 戸部寳泉局 万選銭 27.4mm


同治通寳 戸部寳泉局

清朝銭

 今年の中国旅行では清朝銭15枚を買ってきました。時間があったら、安いもので持ってないものを買うつもりでしたが、時間がなくあまり買えませんでした。

2001.6.2
直隷寳津局
 上日


直隷寳津局
 打製


庫車局
 背穿左右満回文庫車 九年十

清 光緒通寳

 5.20のことですが、近鉄四日市駅の駅ビル地下にある古銭屋さんを覗いていたら、つい買ってしまいました。宝広局以外の打製は初めてです。

2001.6.2 北宋 崇寧通寶 折三

 5.20のことですが、近鉄四日市駅の駅ビル地下にある古銭屋さんを覗いていたら、つい買ってしまいました。

2001.6.2 南宋 慶元通寶 折三 背六

 5.20のことですが、近鉄四日市駅の駅ビル地下にある古銭屋さんを覗いていたら、つい買ってしまいました。

2001.5.20

南明 利用通寳

 清の時代になりますが、明の残存政治勢力(と言っても、清の成立に協力したから残ったのですが、・・・)であった呉三桂が鋳造した貨幣です。

2001.5.20 清 順治通寶

 無背コ頭重点通缶宝 順治元(1644)年からは北京の戸部宝泉局、工部宝源局で、無背、背記号銭が鋳造されたそうで、重点通は宝源局と言われ、缶宝は順治2年の鋳造と言う説もあるそうです。

2001.5.4 北宋 宣和通寶 折三

 久しぶりの北宋銭です。

2001.5.4
順治通寶
山東臨清局 背臨一厘


道光通寳
庫車局 背満文宝庫・新十


光緒通寳
河南寳河局 上月下星 短点通

清朝銭3枚

 清朝銭3枚と言えば、まとまりがあるようですが、時代も、鋳造地もバラバラの3枚です。

 道光通寳・背満文宝庫・新十は光緒10年(1884年)以降に庫車局が迪化宝新局の代鋳をした物だそうです。

2001.4.28
円首刀
 戦国 趙

 円首刀は戦国時代の趙と中山国で使用された形式の刀貨です。私の手持ちの銭譜ではピッタシのものは紹介されておらず、何処の国の何時の時代の貨幣かははっきりと分かりかねますが、全体の形からは趙の貨幣のように思われます。表にある文字も「白」かもしれませんが、不明瞭でよく分かりません。と言うか、はじめての円首刀と言うことで、何処の物かも分からずに価格だけで購入してしまいました。(^_^;) これに付いて何か情報をお寄せ頂ければ、幸いです。m(_ _)m

2001.4.13

半両

 漢の時代の八銖半両と言うことで、ネットオークションで購入しました。料理用の秤で信頼性も分解能も今ひとつですが、それで計ると13gと10gもあって、肉厚も厚いです。手持ちの八銖半両は6gですので、何か重すぎるような気もします。そうすると可能性としては戦国時代の秦の半両と言うこともあり得ると思いますが、どなたか情報をお持ちの方はお教え願います。まあ、こんなこという前に私がもうチョット勉強すれば、いいのですが、・・・(^_^;)。

2001.4.13 清 乾隆通寳 イリ局

 手に入れるものの時代がバラバラですが、・・・ 私にとっては乾隆通寳イリ局の初めてのものです。

2001.3.31 大布黄千

 新朝の布貨です。十布と総称される布貨の一つで、私が手に入れられる物ですから、十布の中では飛び抜けて一番安い物です・・・(^_^;)。

2001.3.17 魏 安邑二釿 戦国(475BC-221BC)

 倒書。初めての釿布・円肩方足円跨布です。安邑は魏の都。安邑は武侯が魏絳(ぎこう)から安邑へ遷都した年(武侯二年 394BC)から恵王が安邑から大梁へ遷都した年(恵王三十一年 339BC)まで魏の都だったので、その期間発行された貨幣です。現在の山西省夏県。魏を含む三晋地域では1鎰=32釿と言う鎰釿制の重さの単位を使っていたそうです。釿という単位が書かれている布弊を釿布と言いますが、半釿布、一釿布、二釿布の3種類があり、二釿布が主力だったそうです(それで価格も安いです)。

2001.3.17 石製貝貨

 石製貝貨です。でも、ものすごく柔らかい材質で、貨幣ではないと思います(と言いながらここに載せていますが、・・・(^_^;)。

2001.3.17 清 順治通寳

 湖廣武昌府局 上昌。

2001.3.3
満回文宝庫 庫十


満回文宝庫 新十

清 同治通寳 庫車局

 何故か知りませんが、背文字に「當十」「庫十」「新十」、満文・回文での記述といろいろとあるようで、その内の2つを入手しました。

2001.3.3
貴州省鋳


雲南省鋳 背星

南明 弘光通寳

 南明銭です。北京のあたりは清朝が治めていましたが、中国南部は明時代の政治勢力でありながら清朝の成立に協力したなどの理由で清代にも残った勢力が独自の通貨を発行していました。これは、福王朱由ッ鋳造の貨幣で、発行された場所によって、書体が違うようです。

2001.1.30
戦国 宋 or 魏 or 韓 ?? 有耳布

 初めての有耳布です。有耳布の公って何時の時代のどこの国の貨幣なのか知らずに買ってしまいました。(^_^;)ご存じの方お教え願います。

 他に、方足布永安五銖、常平五銖なども追加しましたので、そちらの方もご覧下さい。

2000.12.31 半両 戦国秦

 Yahooを眺めていたら、ギリシャ、ローマの古銭を主に出品している人から、この品が漢の半両と言うことで出品されていました。寸法は記載されていなかったのですが、戦国秦か??と思って、Yahoo初体験(Yahoo Japanはいつもお世話になっています(^_^;)として応札、無競争で落札となりました。直径は34mmです。重さは1g単位の料理用の秤しか家にはありませんので、分かりません。戦国秦か統一後の秦か分かる人がおられましたら、コメントをお願い致します。どっちだと思うとか、これは偽物だよとか何でもかまいません。よろしくお願い致します。

2000.12.17
貨泉
 右下決

貨泉
 上半星

布泉
 上決文

布泉
 上決文 重内郭

布泉
 下決文

布泉
 上半星
新 貨泉 布泉

 漢の五銖には上横文、下半星など郭に飾り?がついているのがあるのは知っていたのですが、新の貨泉や布泉にも決文、上半星などがあるんですね。新は王莽が漢を乗っ取った国ですから、漢と同じ様な特徴があってもいいですね。(^_^;)
 布泉には内郭が二重になっていて、上決文、下決文、上半星の3種があるそうですが、どれくらいの存在比なんでしょうね。また、何でそういう特徴が付けられているんでしょうね。

2000.12.17
半両

戦国秦 半両

 戦国秦の半両と言うことで購入しました。戦国半両については何も分からない(秦、漢の半両もですが、・・・・)ので教材のような物です。直径35mmで、秦半両として持っている物と同じですが、文字の雰囲気が違います。

2000.11.11
尖首刀
 春秋中期 鮮虞


明刀
 春秋晩期 燕 背逆六


明刀
 戦国中期 燕 背左


明刀
 戦国中期 燕 背左


明刀
 戦国晩期 燕 背行


明刀
 戦国晩期 燕 背易(?)

 刀貨6種

 燕国の刀貨は尖首刀から明刀まであるそうです。「燕下都東周貨幣聚珍」と言う本では、形態編年から、尖首刀は戦国中期のT式からV式までの3形式,明刀は春秋晩期(中国の銭譜を見ると時代を3つに分けるとき,早期,中期,晩期と呼ぶようです。日本では,前期,中期,後期が一般的ですよね。)のT式から戦国晩期のY式までの6形式に分けています。明刀のU式,V式がまだ抜けていますが,揃えてみたいですね。

2000.11.11 斜肩弧足空首布 武 春秋(770BC-476BC)

 コメントを入れたいのですが,手許に資料がありません (^_^;) 何れにしても,巨大な貨幣です。
 他に方足布も載せましたので,先秦時代のページもご覧下さい。

2000.11.11 垣 戦国 魏

 秦半両以前の円形の貨幣です。

2000.10.8

 五銖4枚

 9月3日に敦煌白馬塔の境内の露店で購入しました。前漢五銖と思うのですが、よくわかりません。。誰か教えてぇー!(無責任かな?)

2000.10.8
貝貨


骨製貝貨


陶製貝貨

 貝貨3種

 殷時代より貨幣として使われ出したようですが,ずっと後世まで貝貨が貨幣として使われていた地域もあるようで,全く何時の時代の物かわかりません。特に,陶製貝貨の材質は柔らかく,貨幣としては不自然ですので,埋葬時に貨幣の代わりに使われたものだと思われます。残る貝貨と骨製貝貨も副葬品かも知れませんが,貨幣なんだと思います?(^^;)
 平成12年9月7日に北京徳勝門にある古代銭幣博物館の売店である北京徳泉齋泉幣商店という所で購入してきました。

2000.10.8
戦国 燕 一化


漢 小五銖


唐 乾元重寳 29mmφ
円形の貨幣3種

 北京徳勝門にある古代銭幣博物館の売店である北京徳泉齋泉幣商店という所で30数個買ってきた中の3つです。他の紹介は後日と言うことで,・・・

2000.10.13

 紅銭各種

 平成12年9月7日に北京徳勝門にある古代銭幣博物館の売店である北京徳泉齋泉幣商店という所で紅銭を1枚10元で10枚購入した中の何枚かです。

2000.10.8
刀貨

 戦国 燕

「明」の字があり,明刀と呼ばれる刀貨です。背の文字は(右の第2画目の下の方がありませんが)「右」だと思います。刀貨は初めての入手です。

2000.10.8
平陽

方足布としてはたくさんある物ですが,私にとってはじめてのものです。(^_^)v  陽の字の日が丸く表されていているのが,チョットした特徴かも知れませんが,私にはその持つ意味は分かりません。

2000.10.8
宅陽

これも方足布としてはたくさんある物ですが,私にとってはじめてのものです。(^_^)v

2000.10.8
赤側五銖
 上横文

三官五銖


三官五銖
 上横文

三官五銖
 下半星

宣帝五銖


宣帝五銖
 上横文

宣帝五銖
 下半星
 前漢五銖

 前漢五銖の勉強のために購入しました。が、五銖の極々一部でまださっぱり分かりません。これからです。

2000.8.22
宣統通寳
戸部寶泉局 内廷銭

1万枚選って出てくると言う意味での「万選銭」よりも宮廷の記念に使ったという意味の「内廷銭」の方が呼び方としては好きです。どちらにしてもこの類は初めての入手です。

2000.8.22
乾隆通寳
戸部寳泉局 缶隆

京局の缶隆は乾隆帝が譲位され存命中の嘉慶年間に鋳造されたものだそうです。

2000.8.9
貨布
新の貨布です。初めての丸くない鋳造貨です。どうと言うことはありませんが、初めてですから、(^_^)v
2000.8.9
北周 布泉
北周の布泉です。チョット時代が離れますが、間の時代の貨幣を持っていませんので、新の布泉と比べてみて下さい。
2000.6.22
太平天国
太平天国 背横聖寳

はじめての太平天国です。何とはなしに憧れていた古銭で、Yahooのオークションで2個(同じものですが、・・・)も手に入れてしまいました。

2000.6.22
隆武通寶
南明

背に鋳地示す文字が入っている清朝銭にチョットだけですが、重点的に入手を心がけていたら、同じ様な背を持つ明銭も手に持ってみたくなってきました。と言いながらもこれは背に文字も何もありませんが、・・・・

2000.6.22
永暦通寶
南明

背戸

2000.4.29
光緒元寶
清 十文 湖北省 五花弁
2000.4.29
光緒元寶
清 十文 奉天省 乙巳
2000.4.29
光緒元寶
清 十文 湖南省 背縁五弁花
2000.4.29
光緒元寶
清 十文 1906年 湖南省 大清龍 点戸
2000.4.23
順治通寳
清 背一 北京鋳
2000.4.23
順治通寳
清 河南河南府局 上河 順治8年〜
2000.4.23
順治通寳
清 湖廣襄陽府局 上襄
2000.4.23
順治通寳
清 湖廣武昌府局 昌一厘 順治10年〜
2000.4.22
咸豊通寳
清 河南寳河局 鉄 (1851-1862)
私にとって、初めての清朝銭の鉄銭です。
2000.4.22
咸豊通寳
清 臺湾寳臺局 (1851-1862)
2000.4.2
大元通寳
元 武宗至大年間(1308-1311)鋳 蒙文
2000.3.25
光緒通寳
清 新彊喀什喝爾(カシュガル)局 背喀十
2000.3.6
乾祐元寶
西夏(中国宋代にチベット系のタングート族が建国した国。自らは大夏と称していたが、宋では西夏と呼んでいた) 鉄銭(1169-1193)

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